第2話 光と共に

――ダン

――ダン

――ダン


 規則正しく、まるで何かの音楽を奏でるかのようにパンの生地を丁寧に、正確に切り分ける男が1人。


 この店の主、コムギはいつも通りの作業に追われていた。今は1番忙しい、生地を切り分ける分割の時間だ。


「あと4分だな……」


 厨房の壁面にあちらこちらに設置してある時計やタイマーを見ながら、確認の意味を含めた一人言を空に放つ。

あと2、3時間すれば、従業員たちが出勤してくるがこの時間の厨房は必ず1人だ。


――大型ミキサーで生地を混ぜる音

――発酵器で生地を発酵させる独特の匂い

――寝かしてある生地の酸っぱい匂い


 あらゆる五感を刺激する、この特殊な空間。コムギはこの空間が大好きだった。

そして、1人で作業するわずかな孤独な時間も。


「よし、今日のグルテンも良い出来だ。やっぱりこれが上手く出来ないとな」


 いつも通りの良い生地が出来て安心する。しかしまだまだ油断は出来ない。

美味しいパンが出来上がるまでには、これからまだいくつもの工程があるのだから。


 コムギは分割の作業を何種類もの生地でやらねばならないのだ。時間に追われながらも、引き続き正確なリズムを刻みながら黙々と作業をこなしていく。



 オレ、コムギのパン屋として大事にしている事、それは

『情熱でパンを焼き、仕事は冷徹に、全てはお客様の笑顔のため』だ。

 

 毎日大変な作業の繰り返しだが、待ってくれているお客様の「美味しい」の声と笑顔のために頑張らねば!



『ピピピピピピ‼‼‼‼』

突如、一切に厨房中にアラームが鳴り響く。

ありとあらゆる時計、タイマーがまるで何かを知らせるかのように。


「一体なんだ……? おかしいな……」


すると辺りがまばゆく、目が開けられないほどの白い光に包まれる。


「―――な、なんだ⁉⁉」


◇◇◇


 意識を取り戻し、目を開けるとそこはいつもの自分の城『ベーカリー・コムギ』の厨房だ。


「なんだったんだ……⁇」


 まあいいかと思い、分割の作業を続ける。

「そろそろデニシュ生地を仕込まなきゃな……」


 きっとタイマーの誤作動とちょっと疲労が溜まっていたんだ、立ちくらみでもしたのかもしれない、と先程の異変にはまるで気に留めなかった。


(よし、この仕上がりもいつも通り、時間ぴったりだ。

このぴったり出来上がるという感覚がたまらないんだよな。

……しかし、 もう開店準備の時間なのに従業員のみんなが来ないな… …⁇

そろそろ商品を並べないと開店時間になってしまうぞ。

――仕方ない、まずは1人だけど店を開けるか)


 そう考えると、厨房から続く売り場に出て、決められた場所に決められたパンを置く。並べ置くにもちゃんと『ルール』があるのできっちりしないと売れなくなるので、ダメだ。



――よし、なんとか並べられた!


 いつも朝から並んで待ってくれている田中のおじいちゃん、鈴木さんや山下さんのおばあちゃん。

 みんなが待ってるからな、今日も元気よく開店しますか!


シャッターの鍵を開け、勢いよく開ける。


ガラガラガラ‼‼‼


……あれ?

田中のおじいちゃん、鈴木さんや山下さんのおばあちゃん、みんないない。


――ってゆうかここ……どこ?


 いつもの街中じゃない。

眼前には見覚えのない街並みが広がっていた。


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