第81話 仮説とすべきこと

「さて無事揃ったわけだし、話をしようか」


 応接間に集まった公爵は今後についてどうするか、方針や行動を決めるべく切り出した。


「まずこれから我々はアンの意思を大事にする。そこからどうすればよいかを考えたい」


 もちろんオレに異存はない。

言わずもがなアンさんも頷き、意思を改めて表明する。


「私は帝国に嫁ぎたくありません。


 しかし、帝国と王国の仲を回復させ、元通りにしたいとも思うのですが、そのためにはどうしたらいいのか……」


素朴な疑問があるから、オレも流れで発言する。


「そもそも。

なぜ、アンさんとの婚姻が要求内容なんですかね?」


「それはアンが王族であること、つまり国と国を結ぶ役割として最適だから。

そして、有事の際の担保としても、ね。」


 万が一の際の人質契約、という意味合いでの狙いもある婚姻か。結婚は恋愛感情の先にあるから互いに幸せになるのだとオレは思っている、古い考えかもしれないが。

 そう考えれば今回の話は前時代的な思考すぎて、まるで理解できない。


「つまり帝国に、アンさんとの婚姻以外で物流の回復を促す提案が出来ればいいんですよね?」


「「あるんですか‼‼⁉」」


ガタッと勢い良く2人が立ち上がる。


「い、いや、とりあえず言ってみただけ……」


「「……ハア」」

 ガクリ肩を落とし、2人でシュンとする。

親子でリアクションが一緒とは……。


「あと公爵、すみません。

帝国にとって、婚姻以上に魅力があるものって王国に何かありますかね⁇

それを代わりに出せればいいんじゃないんですか?」


「それが出来れば、そうしているよ。

残念ながらそんなものはないのだよ。

国土、文化、ありとあらゆるもの全て、帝国の方が上回っているのでな……」


(そうなのか⁉それじゃどうしようも……ん?)


「公爵、今『全て』と仰いましたか?」


「そうだ、『全て』だ」


 ピーン!と頭の中で妙案が浮かぶ!

 上手くいくかはわからない、しかしやる価値はあるかもしれない。


「公爵」


「なんだ?」


「あるかもしれません」


「何がだ?」


「帝国を上回る魅力的なものですよ 」


「「なっ……⁉⁉」」


 ガタッガタッと2人が再び立ち上がる。

さっきより喰い気味なのでちょっと怖い。


「「そ、それは、な、何があるのですか⁉」」


「パンの質と技術ですよ」


「「…………」」


 2人がさっきより大きなため息と共に、さらに勢い良くガクーンと肩を落とす。


「コムギ殿、いくらなんでもそんなものが魅力的な外交カードになると思うのかね⁇」

「いくらなんでもコムギさん、それはないですよ……」


 二人が憮然としながらダメ出しをする。

思い付きで言ってみたがやはりダメか。


「ダメかあ。

こないだ王様に届いたパンを食べた時、わざわざパンを送ってきたくらいだから張り合ってるのかなと思ったんだけど……。

 それにわざわざ小麦粉の物流止めたから『なぜか』ってのも気になってたんだよね。

 まさか王国のパンを食べた負けず嫌いの皇帝が、『パンを作るために小麦粉の物流を止めた』、なんて突飛なことも思ったくらいですよ」


ハハハと2人が笑う。

「コムギさん、いくらなんでもそんなに皇帝は独裁的じゃないですよ。

昔からちょっとワガママな所がある人ではありますけど、民を巻き込むような事はしないはずです」


「そりゃコムギ殿のパンを真似るくらいだ。

帝国からすれば初めて彼等を上回るものなのかもしれないが、『パンを作るためだけに小麦粉の物流を止めた』なんて、そんなことは……」


 言葉の途中でハッと公爵の顔色と目つきが変わる。まるで何かに勘づいたようだ。


「……『なぜか』か。

コムギ殿、それだ……それだよ!ナイスだ‼‼」


 いきなり何かを確信したかの様に活き活きとし始めた公爵。何がなんやらわからず思わず「何がですか?」と聞き返してしまう。


「その『なぜか』について、失念していた。

娘の事ばかりで忘れていたよ!


 帝国は現在、にわかには信じ難いが食糧難になっているというウワサがあるんだ。そして、そのために輸出量を減らしているのだと。確証がない噂程度の情報だったが、もし本当にそうだったとしたら合点がいく!


 娘の婚姻交渉はもしかしたら、それを隠すためのカモフラージュ、もしくはプロパガンダ(戦術的宣伝)なのかもしれない」


 公爵もヤリ手と呼ばれる、宰相だ。この仮説が正しければ希望のカケラが見えた気がした。


「じゃあ、オレ達がやるべきことは、


『オレはパンの技術、知識をもって帝国の食糧難を救うべく努力する。公爵やアンさんはそのために材料の確保尽力する』


これらをカードにすればいいんじゃないですか?」


 コクリ、とアンと公爵が小さく頷き、その顔には決意と覚悟が見えた。

そうと決まれば善は急げ、公爵も同じ考えだったようだ。


「そうだな、早速陛下に進言して検討してみよう!


馬車を用意しろ!」

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