第77話 公爵

 口を割らず依頼者がわからずじまいの襲撃者達は縛り上げ、街の衛兵が連行して行った。

 見送った後、重厚な玄関ドアを開け、待っていたのはこの屋敷の主、そしてアンさんの父君である公爵。


「おお!お待ちしておりましたぞ、コムギ殿。御活躍の噂は伺っております。

改めまして、私が公爵オイル・フォン・デューでございます。


……先日の魔石の件では大変御無礼を致しました……本当に申し訳ありませんでした」


 主たる公爵が来客に対し、いきなり謝罪で頭を下げる。突然の出来事に使用人達は理解が追い付かず、一拍置いてから主人に倣い頭を下げる。

 思わず恐縮してしまうが、謝罪を受け入れ屋敷の奥へと案内されたのは公爵の執務室。オレとメープルはソファに掛け、机越しの眼前に座る公爵と面談していた。


「襲撃者の討伐も含め、コムギ様の多岐にわたる御活躍には助けてもらいっぱなしです。

……本当になんとお礼を申し上げたらよいのやら……重ね重ね申し訳ない……」


 色々な出来事が重なったせいか、以前会った時よりかなり弱気な態度の公爵は再び頭を下げる。


「頭を上げてください。オレはオレの事情でやったことが、たまたま公爵様にとっての利益になっただけですからお礼を言われても正直困ってしまいますよ」


「いや……それでもお礼を言わせてほしいのです。貴方がいなければ娘のアンジェリーナが叙勲されることはありませんでした。

 正直、王族に連なる公爵としては失格かもしれませんが、あの子には自分の選んだ道を進んでほしいと思っておりましてな……。

 そのためには自分の力だけで生きていけると証明する意味で手柄を立てる必要があったのです。

 ですがなかなか機会にも恵まれず、なかば諦めていた所、貴方にその手助けをしていただいたのです。

あの時は本当に申し訳ありませんでした。……本当に感謝しております」


あんまり仰々しく畏まられてしまうとなんだか面映ゆいな……。


「そういう事情だったんですね。

オレのした事がお役に立てたのなら良かったですよ。

 なにしろ、わからないことだらけで遮二無二な毎日ですから……」


「そういえば、それを聞いてみたかったのですよ。なにやら違う世界から来たとのお噂ですが、本当なのでしょうか?」


「えぇ、そうなんですよ。正直実感が湧かないんですが……」


「……私も噂程度でしか聞いたことがありませんが、稀に世界を飛び越え現れる存在があり、そしてその存在は少なからず世界に影響を与えると。まさか実在するとは……」


「そんな大層なもんじゃないですよ。オレはただのパン職人ですから。」


「しかし、炎と氷、風魔法まで扱えるとか?

それだけでも並みの魔法使いより優れていますよ」


「公爵様、さらに先程の襲撃者の撃退時には重量を変える魔法も使っておりました。

しかとこの目で実力を確認しましたが、私でも正直勝てる気がしません……。

コムギ様ならば安心出来るかと」



「なんと……⁉この国で有数の実力者であるお前がそう言うのならば、そうなのだろうな。

パン職人というのはさぞ優れた者の職業ジョブなのでしょうな……。

私もどれほどなのか一度、その御力を見てみたいものです」


(パン職人をなんだと思っているんだこの人達は?魔法使いでも殺し屋でもないぞ。

平和を望む、町のパン屋さんなのに扱いがおかしいだろ……)


 パン職人への誤解?は少しずつ慣れてきた内容の問答とはいえ嘆息してしまう。やっと公爵が本題に入るのか、思い詰めたような真剣な眼差しと真面目な顔になる。


「……図々しい男だと蔑んでいただいて構いません。

コムギさんを見込んでぜひお願いしたい事がございます」


「なんでしょうか?」



「……娘を連れて逃げてくださらんか?」


え‼‼⁉

娘と逃避行してほしいなんて、いきなりなに言ってんだこの親父さんは⁇

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