第9話 暴走とサンドイッチ

 ここがドラゴンの住む山脈か……。

馬車の中にいたため気付かなかったが、辺り一面の銀世界の中にオレ達は立っていた。



「寒い‼」


「本当に寒いですね、今は冬季も近いですし……」


「くぅー……あったかいスープ飲みたい、スープにフランスパンちぎって浸けて食べたい……」


――いや、そのためにも‼

何がなんでも氷の魔石を手に入れなければ!

念のため、サンドイッチとかちょっと余りのパンや水分も持ってきたから何とかなるだろう、いやなんとかする‼



「しかし、どうやってドラゴンがいるところまで登るんだ?」


「しばらくは登山道があります。

奥に行けば行くほど洞窟の中を通る箇所が増えますから、むしろ今より暖が取れるかもしれませんね」


「よし!前は急げだ、いくぞ‼」


「え、ちょ……はやっ‼⁉」


 コムギがビュンとまるで風のように駆けていく。

速い、本当に。

今までに彼女が見た誰より。

コムギの身体能力が高いのか、それとも特殊なが働いているのか……。

にわかに信じがたいその速さについて冷静に考え込んでいるうちに



アンは置いていかれた。


◇◇◇


ドドドドドド……‼‼


「どこだ!

氷の魔石……ドラゴン……どぉこだあぁ‼⁉」


 ひたすら走る、走る、走る‼

回りには目もくれず、ただ奥へ奥へ走る‼

ニ十キロ近い重量の荷物を担いでいるにも関わらず、猛烈な勢いでコムギは雪煙を出しながら雪山をひた駆ける。


「……ん⁉」


 視線の先にある何かに気づき急ブレーキで止まる。


「洞窟だ、この先にいるのかな?

――いや、いるはずだ。

洞窟の中から生物の匂いがする」


 期待に胸を弾ませ、パンと両頬を叩き気合いを入れ直す。


「おし!

待ってろよ、ドラゴン!氷の魔石‼

食材たちのためにすぐに手にいれてやる!

気を引き締めていこう、アンさん‼


………あれ?アンさん……⁇」


どこいった⁇


◇◇◇


「ひどいです」


「本当に申し訳ない」


 オレは洞窟の中で土下座していた。

そりゃ怒るよな、極寒の山で一人取り残されたのだから。

昔から熱くなると回りが見えなくなるところが独身の理由なのに。

何回同じ失敗をやるんだ、オレって奴は……。


「本当にごめん、もう置いていかない。

二人で行こう」


「……わかりました。約束ですよ⁇」


「もちろんだよ、男に二言は無い」


――さて、気を取り直して冷静に。

今いる洞窟の位置は山のどのくらいなのだろう。中腹くらいまでは来たと思うのだが……。



ぐぅ〜……



「あっ……」

アンさんは恥ずかしそうに腹を押さえ俯く。

たしかに結構な距離を歩いてきたもんな、それに寒さで体力を奪われるので、空腹はまずい。


「少し休憩しようか」


「……はい」

顔を真っ赤にし、消え入りそうな声で返事をする。やはり乙女心として腹の虫を聞かれたのは恥ずかしいんだろうな。



 ゴソゴソッと背荷物の中から折り畳みのプラケースに入ったサンドイッチを取り出す。

 アシが早い葉野菜、ペッパーハム、タマゴサラダ、バターを塗った薄切りの玄米パンに挟んだシンプルなサンドイッチだ。

自分が食べる分ともう一つあるので、それはアンさんに渡す。


「はい、これ。

アンさんの分のサンドイッチね」


 さすがに雪山、周りが寒いのでパンや具材が少し固めだが、逆に冷えているので素材が傷まず、それぞれの風味が強く残っている。

いつも食べるのとは違う風味でこれはこれで美味い。

 日常生活の中でサンドイッチは作った瞬間から痛んでいくので、普段とは違う極端なこの環境がサンドイッチの保存には適していたのだろう。



「どう?」


「美味しいです!

パンに野菜や肉をこんな風に挟んで食べるなんて初めてですけど、こんなに美味しいなんてビックリです‼」


 良かった、ちょっとボリュームがあるから大丈夫かなと心配したけど、難無くペロリと彼女は食べ終えてしまった。


「さて腹ごなしもすんだし、進もうか。

あとどれくらいかな⁇」


「正確にはわかりませんが、今半分は確実に来ているはずです。

だからあともう少しだと思いますよ」


「よーし!待ってろよ……‼」



『……ズゥン……ッ‼‼』


「なんだ?」


 さぁこれから!と、やる気を出していたところ、突如腹に響く重低音が洞窟に響き渡る。


『ズゥ……ン‼‼』


音が徐々に、しかし確実に近づいてくる。

一体なんなんだ?


『グルアアアァァァァ……‼』


「ひぃっ!」


 アンさんがたまらず悲鳴を上げる。

無理もない。

眼前に現れたそれは命を脅かすのを、十分過ぎる程に悟らせる凄まじい威圧感を放っていたからだ。


「これは……⁉」


 それはオレ達からすれば、手も足も出ないような、巨大な熊が殺気立ち臨戦態勢で仁王立ちしていたのだった。

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