第103話 語られる英雄とパン
常人ならざる速さで、バリバリと目の前にある書類の山を次から次へと片付けていく。
報告に来ていた騎士団長タイガーと中央研究所所長マイスは見慣れた光景に改めて感心していた。
ちょうど区切りがついたのか、ふーっと息を吐き、先程まで酷使していた腕を伸ばしつつ疲れた肩を支点にグーッと上に伸ばす。
疲れが少し見える顔に、女性であればきっと母性をくすぐられるかもしれない。
こんな時でも男前が無駄にならない男、帝国を総べる皇帝カイザーゼンメルは2人からの報告を聞くべく視線を向ける。
「待たせたな、どうだ?
例の亀の巨大化の件は??」
「はい、順調というべきなんでしょうか……。
何事も無く、巨大化の兆候も見られません。
そういった意味では順調なのですが、研究の面からすれば難航しております。
いまだに巨大化の原因がわからないのですから……」
「騎士団としては怪我が癒えた者から訓練を厳しく再開しております。やはり各々の無力さを痛感した者が多い様で……」
「そうか……いつ同じような危機が訪れるともわからん。
引き続き、研究所では巨大化についての研究を。騎士団には、より一層の鍛錬を命じる」
「わかりました。そのように伝令致します」
「バシバシ鍛えますぞ、ハハハ‼」
3人の会話には少し緊張が走っていた。
現在はひとまず何もない小康状態なだけで、実際にはいつまた巨大化するかわからない亀の魔物がこの首都にいるのだから。
もしこの首都で暴れだしたら、構造物の被害だけでなく民衆のパニックによる2次、3次災害の方が間違いなく問題になるだろう。
そういった危険を回避するために、一刻も早い根本的な解決策と手段を見出さなければならない。
もちろん、今後の食料計画などまだまだ問題が山積みだ。
だからこそ自分達が奮起しなければならない、と国の中枢にいる3人は気を引き締める。
「ところで、リーンはちゃんと回復しているか?ああ見えて責任感が強いからな。
自分を責めたりしてないか、いささか心配ではあるのだが……」
「明日には退院するそうですし、見舞いにも行きましたが 問題無いようです。
本人の意向もあり、鈍った身体のリハビリと訓練を兼ね騎士団の方でしばらく預かりますが、よろしいですな?」
「いいだろう、しっかりと鍛え直してくれ。
未来ある子供を育てるのは大人の責任だからな。
――しかし屈強な精鋭の男共に物怖じもせず、親衛隊隊長まで上り詰めた才女が意中の異性の前では年相応の少女の顔になった時……なにやら親になった様で見守りたい気分になったわ」
「陛下のお気持ちは私共が1番わかりますよ、入隊時から世話してきましたからな。
お互い過保護な親バカですな?」
「――腕も立ち、頭も切れる。おまけに世渡りも心得ている。
それに今はまだ可憐な少女だが、将来は美人になるだろう。そうなれば世の男達が放っておくまい。
まあ、そうはいっても堅物な彼女のお眼鏡に敵う男が現れず、逆に行き遅れないか先走った心配をしたが杞憂だったな」
「そうですな、コムギ殿と上手くいってくれれば帝国としても最良の結果になります。まさに大手柄!といった具合でしょう」
腹心2人とお節介な談笑しつつ、皇帝はキィと椅子を引き、ゆっくりと立ち上がると、背にしていた窓に目をやる。眼下にはいつもと変わらぬ平和な城下町が。
「コムギ殿には本当に感謝だな。
もし、あのとき、彼がいなければどうなっていたことか……。
それにこの命も……国も……」
背中越しのつぶやきのような一声。
絶望的なあの場にいたタイガーとマイスも同じ気持ちだ。
「本当にコムギ殿には驚かされます。
国の英知が集う研究所でも皆が舌を巻く程の博識さと手腕の持つ方でして。
パンや料理の腕のみならず、店を経営する者の常識だと言い、経済・流通・経営に携わる知識全般を網羅しておられた。
もしかしたら他にもまだ何かあるのかもしれないと思わせる、底の知れない御仁だと……正直戦慄しました」
「騎士団でも話題ですぞ!
リーンとの勝負、魔物を退治した際に見せた、数々見事な魔法を操る技量。
どれを取っても戦力として余りある強さに惹かれ彼に師事したいと願う団員すらおります、かく言う自分も一度手合わせ願いたいですしな!」
「そうか……。
本当に不思議な魅力を持つお人だよ。
リーンでは無いが、女なら間違いなく惚れるだろう。男である自分ですら惚れるのだからな。
――いや……少し違うな。憧れ、かもしれん」
「憧れ、ですか?」
帝国の主君たる皇帝は見目麗しく、為政者として文武の才覚に秀でた、まさに天が二物も三物を与えたという存在だ。その皇帝をして憧れると言わしめるとは……。
だがコムギへのうなぎ上りの評価に異議を唱える者などいなかった。
「おぉ、コムギで思い出した!
例の『新製品』はどんな具合だ?」
続くコムギの話題に嬉々とした顔で尋ねる皇帝に2人は思わず、まぁよくもこれだけ心を掴んだものだと、ぷっと吹き出す。
――コムギは研究所で大量のパンを作る際、新しいパンを作った。
彼曰く、子供の笑顔があれば大人は頑張れる。そのためにも、まずは子供達のためにと作ってくれたのだ。
「そうそう、その報告ですがとても評判ですよ!
それこそ子供だけでなく、大人達にも好評です。少しずつではありますが食した皆が笑顔になり、街に活気が取り戻されつつあります。
やはりコムギ殿のパンは一味も二味も違うと感心しますな」
「ハハハ、そうだな。
俺も食べたがあれは美味い!
部下とも良く取り合いになっとるわ」
コムギの『新製品』
それはかつてマイスが模倣に苦心し、結果上手くできなかった物をさらに改良した物だった。
完成した『それ』を見たマイスや研究員は技術と発想に嫉妬するも、同時に皇帝とは違う憧れと尊敬をコムギに抱いた。
気付けば熱心な者達は志願し、彼からパン作りの手ほどきを受ける様になる。
コムギは彼等に余す事なく技術や知識を教え込むため、連日連夜パン漬けの毎日を送り大満足だった。
「あの無尽蔵とも言える体力や熱意はどこからくるんでしょう?本当に不思議なお方ですよ。
あ、皇帝陛下もいかがですか?
実は『そのパン』を持ってきたんですよ。
最近のお気に入りでしょう?」
「おぉっ!気が利くではないか!
『このパン』を食べると、なんだかやる気が出てくるのだ。
コムギ殿のように強く、負けないように、教訓として今回の件を思いだせるように、そして最後には克服できるように、と感じさせてくれるのだ」
「いささか大袈裟ではありますが、確かにそうですな……。
それに『命は食にあり』と申します。
『形から意味を持たせたこのパン』はきっとこれから帝国民にとって、忘れられない思い出深いものになるでしょう」
3人はゆっくりとそのパンと目を合わせないように、もったいないと思いながらも甘美なる旨味と口解けを感じながら平らげた。
◇◇◇
後に、帝国民の間で子供だけでなく全ての人にこのパンは長く愛され、後に街のパン屋では必ず取り扱われる程の人気商品となる。
――かつて巨大な魔物から国の危機を救った『英雄がもたらしたパン』として。
その形は魔物の形を模し、そのパンを食べる事で英雄のように、強くたくましく、どんな困難も克服できるようになれる、というゲン担ぎの意味も含まれていた。
今日も街のパン屋では買い求めようとする子供達の嬉しそうな声が聞こえてくる。
「『かめろん』くださいなっ!」
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