第93話 理由と実力
北へ向かう帝国軍の最前列より少し後ろ。
オレは馬車の中で、はやる気持ちを抑えながらも、落ち着かない気分で座っていた。
目の前には皇帝とマイスさん。横にはリーンが座っている。皆も同じ気持ちなのだろうか、緊張した面持ちでいる。
「どれくらいで着きますかね?」
帝国の地理に明るくないオレが質問する。
誰に、というわけではないが少しでも会話をしないとこの重苦しい空気に耐えられない。
どうやらキッカケを待っていた皇帝が答える。
「おおよそ2日といったところだ。
急ぎたいのはやまやまだが、遠方だからな。
こればかりはやむを得ないのだ」
(まあ、さすがに1人で飛んで行くわけにもいかないしな……)
と心の中でつぶやく。
たしかに1人なら早く到着はできるが、それだけだ。何をどうしたら良いか、判断が出来ないのでは意味がない。だから軍に同行している。
「リーンも戦えるの?」
「むむっ、失礼な。私だって戦えるでありますよ!
こう見えても魔法も使えるし、剣も得意なんですからぁ!」
……本当かなあ?と懐疑的な視線をリーンに向けると、慣れた話なのか少し苦笑しつつ皇帝がフォローする。
「リーンは強いぞ?
二つ名を持つ程で、こう見えても我が国で3番目に強い実力者だ。――まぁ見た目と普段の振る舞いからは、とてもそうは見えないがな」
「ええ⁉そうなの?
ちなみに二つ名は何て言うんですか?」
「ふふ、それはな…………ん?」
グオオオッ――……‼‼
わざとらしく天使の微笑みを浮かべるリーンの背後に、巨大な鬼の幻覚が見える。漏れ出した凄味のある威圧感と射殺すかの様な、有無を言わせない鋭い視線に皇帝がダラダラと冷や汗を流す。
「い、いや……この話はまた今度にしよう」
話題を切り替えるべく、1番、2番は誰だと疑問に思っていると表情から読まれたのかマイスさんが教えてくれる。
「ちなみに1番は騎士団長、2番はマイスだ。ちょっと予想外だろう?」
「えええ⁉⁉」
またまたビックリ!
マイスさんて研究所長じゃないの?
「こいつはな、長年騎士団の参謀だったのだが、研究所が出来る際に自ら志願して入所し、今の地位に至った変わり者なのだ」
「元々戦闘より研究が好きでして……はい。
ですが、日々の鍛練は欠かしてないですからまだまだ腕は錆び付いてないですよ」
頬をポリポリと掻き、照れ臭そうにマイスさんが答える。
(文武に秀でた、そんなにすごい人だったとは……)
討伐のために戦力を揃えた今回、文字通り国を上げての総力戦というわけだ。
なんだか武者震いしてきたな……。
◇◇◇
その晩。
道すがらの見渡しの良い平野で夜営する事にした一行。
強行軍すれば確かに早く到着出来るが、いさ本番で気力、体力共に保たないだろうとの判断だ。
簡素ではあるが多少腹を満たせる食事を済ませ、自分のテントに戻ろうとした所をリー
ンに呼び止められた。
「――コムギさん、ちょっといいでありますか?」
「ん?
ああ、いいよ。どうしたの?」
身構えるように立つリーンの表情には何やら鬼気迫るものがあった。
「――コムギさんは本当に戦えるのでありますか?」
「え?」
「教えてください。
私達は国の為、自分達の未来の為に戦うのであります。
――ですが、コムギさんにそこまでの理由や覚悟はありますか?
皇帝陛下はコムギさんを買っているようですが、私には今一つ信じられないのであります。志を共にする者とでなければ、命を懸けた戦いに必ず支障が出るであります。
だから……‼」
2人のやり取りを他の者も固唾を飲み、興味深く見守っている。これから死地に向かう以上、ごもっともな意見だからだ。
オレは真っ直ぐにリーンを見つめ決意を口にする。
「覚悟なら……あるよ」
「本当でありますか?」
「あぁ。
オレにも理由があるからね」
「理由……?」
「オレはとある契約で帝国に来た。
……でもいつかは自分の店に帰りたいんだ。その為にも帝国の危機は一緒に救いたい、それが理由だよ」
本心からの嘘偽りない、切なる願い。
1日も早く店に帰りたい。
それが今のオレを支える、大切なモチベーション。どう思われようと揺らぐ事は無い。
「……理由はわかりました。
では、最後に……実力を見させてもらいたいであります」
そう言うなり、リーンは身を低くし剣を構える。半信半疑なのが正直な印象なのだろう、それ故に実力だけでも確認し、信用の証にしたいという意思が見て取れる。
「ちょ、ちょっと……⁉」
「――いきます」
グッと力強く踏み込み、獣人特有のしなやかなバネを活かした風を切るかの様な突進と、その勢いを乗せた鋭い斬撃がオレに襲いかかる。
「うわっ…‼⁉とと……」
運良く紙一重で攻撃を躱し、全力疾走でギリギリまで距離を取る。いつの間にかギャラリーがオレとリーンを取り囲み、10メートル四方のステージの様になっているので逃げられない。
ギャラリーの中には皇帝、マイスさん、それに初めて見る騎士団長らしき威厳のある人もいる。
「コムギ、ちなみにリーンは我の親衛隊隊長でもあるからな?
ここにいる2人以外には負け無し、本物の実力者だ。くれぐれもケガをせんよう、気を付けてな」
(マジか⁉
そうゆうのは早く教えてよ⁉⁉)
「ふっ‼
やっ‼‼
はあぁっ‼‼‼」
次々と繰り出される剣撃を必死にひたすら躱す。こちとら武術の心得なんてない素人、格好悪くとも避けるのに全神経を集中させるしかない。
ひたすら避け、逃げるオレに対するギャラリーからの評価は思いがけない物だった。
「お、おい……ずっと躱してるぞ……?」
「オレなんて一撃だったのに…」
「何者なんだ、あの人……⁉」
あちらこちらから、どよめきが聞こえてくるが躱すのに精一杯で耳を貸す余裕などない。このままではジリ貧だ、こうなったら――。
「――っ⁉」
今まで背を向け逃げていたが、覚悟を決めクルリと反転する。予想だにしていない動きに、リーンは一瞬脚を止めた。そのスキを突き、両手を地に付け能力を発動する。
「喰らえ!【重量管理・重】‼」
「ぅ……んっ⁉」
華奢な少女は急激に加えられた加重に耐え切れず、まるで地面を這う様な姿になる。
「ぐっ……うっ………⁉」
動かせないわけじゃない。だが無理して動かすと襲いかかる負荷に身体が悲鳴を上げている。
「こっ、こんな……まさか………」
突如自身に起きた得体の知れない攻撃に、リーンは素直に敗北を認めたくなかった。
そんな地に伏す彼女にゆっくりとコムギが近づき――。
ピンッ‼
とリーンのおでこに割と強めなデコピンを喰らわす。安堵したような顔をした後、少し意地の悪い笑みを浮かべるコムギ。
「オレの勝ち――かな?」
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