第139話 式典①

「なんの式典なんですか?」


「申し訳ありませんが、内容についてはお答え出来ないのです……お許し下さい。

 しかし明日の式典ではコムギ様にも『出番』がございますので、これからその準備を致しませんと」


「準備?」


 ――パチン


 メイド長さんが指を鳴らすと、シュバッとメイドが2人現れる。明らかに今の素早い動きはメイドというより忍者。


「――へ?」


 ガシッと両腕を捕まれ、連行されるオレ。

 2人は妙に力強く、がっちり拘束されているため抗う事が出来ない。なすがまま、廊下を引き摺られるように歩く。


「え、あ、ちょっ――」


「ではコムギ様参りましょう。

しっかり指導致しますのでご安心ください」


 まるで獲物を見つけたと言わんばかりに、舌なめずりをしそうな妖艶な笑みを口元に浮かべたメイド長らにオレはなす術もなく連行されたのだった――……。


 ◇◇◇


 翌日。

 玉座の広間。

 ここは儀礼や表彰の時にのみ使用される特別な空間。

 参列している貴族達は正装し、何かを待ちわびるかの様に期待の眼差しを携え、ズラリと両脇に列を成している。


 正面最奥の少し高い壇上にある主が不在の玉座、その両脇には威厳を示すべく勲章や装飾が着いた儀礼服に正装したマイスさん、タイガー騎士団長。壇下には普段と変わらない鎧姿の近衛騎士らが控えている。


――その中に1人、特に目を引く者がいる。

他の騎士は胸を張り、堂々とした立ち姿であるにも関わらず、その者はもじもじと顔を赤らめ、背中を少し丸くし顔を伏せている。


初々しさと可憐さ、清らかさを表現した、シンプルではあるが随所に花を模した小さな飾りがアクセントのエメラルドグリーンのドレス。身に纏うのは近衛騎士であり、才女と広く評される美少女、リーン。


今日の彼女はドレスとの調和がとれるよう、髪を高級そうではあるが華美ではない、羽根を模した可愛らしい髪飾りでハーフアップにまとめている。シンプルながらに存在感を示す見事な彫金が施された髪飾りとドレス一式はドワーフ族長の妻から送られた一点物(同封された手紙には「これをつければ魅力アップ!頑張って彼をオトしてね♪」と書かれていたらしい)。


そもそも存在が秘匿されているドワーフからの贈り物なんて前代未聞の代物しろものであり、そんな希少品を着けているだけでも彼女が特別な存在だと初見の者でも十二分に認知させる。


潜在的な魅力が昇華された今の彼女はまるで荒野に凛と咲き誇る一輪の花。大輪ではなくとも見る者を惹き付ける圧倒的な存在感が醸し出されている。


もちろん普段の彼女を知る者からすると驚きしかない。なぜなら近衛騎士として男性の中にいても見劣りしない凛々しさではなく、可愛らしい年相応の魅力を纏う彼女が女性として注目の的になっているからだ。


「あれが噂の才女か」

「んまぁ可愛らしい!素敵なドレスね!!」

「息子の嫁にぜひとも……」


式典が始まる前の話題はもっぱらリーンに向いている。一方、好奇の視線を向けられている当の本人、リーンの胸中は場の緊張も相まって一向に落ち着く気配がない。


「うぅ……やっぱり変なのかな……?

ドレス似合わないのかな?

じろじろ見られて恥ずかしいであります……」


本人が思う以上に高評価であるとは露知らず、好意の視線を羞恥の視線と捉え、悶え続けるリーンに救いの音が。


――パパパパーン!!!!!!!


もやもやとした恥じらいと悩みを掻き消すように、入来の合図を告げるラッパが広間中に鳴り響く。


「皇帝陛下、コムギ様の御入来!!」


案内を告げる声に場はしん、と静まり緊張の糸が張りつめる。同時に、待ちかねた『主役』の登場に広間の入口へ注目が集まった。

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