第138話 準備④執務室にて
執務室に向かい、着いたときにはリーンは退室していた。訊ねるとどうやら先に退出したとの事だ。気になった点は他にもある。
入室し皆の方を見ると、皆からの視線が何か妙なのだ。なんというか、ニマニマと――笑いを含んだ、幼子を見る親のような生温かい感じだ。
「――うん?」
「おぉ!やっと来たか、遅かったな。
一体何をしていたのだ?」
不思議に思い、首をかしげるオレに『なにか』を悟らせないよう、大袈裟なふるまいで迎える皇帝。……ますます怪しい。
「いやぁ、ちょっと厨房で料理人達に捕まってしまって……」
「そうだったのか。
ちなみにコムギから見て、厨房の雰囲気はどうだった?きっと停滞感のある料理人達には良い刺激になったろう」
自信ありげな意地の悪い笑みを浮かべ、様子を訊ねる皇帝。こちらとしては勉強にもなったから問題はなかったけども、ちょっと疲れたかな。
「質問攻めにあって大変でしたよ、中々出られなくて……」
「そうか――クックの配置転換も改善を見越した刺激策だったが、どうやら正解だったようだな」
皇帝も厨房に漂う停滞感には疑問を抱いていたらしい。だがさすがに料理は門外漢ゆえ 、何をどうしたら良いかわからず改善に踏み切る事が出来なかったとの事だ。
「クックさんを始め、皆さん真剣に、仕事に対してとても積極的でしたよ。中には試作品を作った人もいたくらいで」
「ほぉ……」
流石にいきなりそこまでのアクションを取る者がいたとは予想していなかった様で、一同は感心している。
――カチャカチャ
メイド長がティーセットを大きな両手持ちトレイに乗せ、静かに入室する。
この場にいるのは重鎮ばかり。
他のメイドなら間違いなく緊張から粗相をしかねない緊張感がある。だが彼女は物ともせず、恭しく、堂々と礼をする。
その自信に満ちた流麗な所作は見事の一言。顔を上げ、見せる微笑みには信頼と安心感に満ちていた。
「失礼致します。
お茶を運んで参りました。どうぞ、コムギ様もお掛けください」
余裕があるパシェリさんの隣に座る事にし、そっ、と高級なソファに身体を預ける。
―――トクトク……
全員にメイド長が紅茶を淹れ終わり、先程と同じく礼をして退室するのを見届け、ゆっくりと紅茶の入った白磁のカップを口に運ぶ。
程よく飲みやすい温度。
口にすると少し渋目の茶葉だが、後味がスッキリして心地良い。もしスコーンやショートブレッドでもあれば合う味だろう。
皆もゆっくり紅茶を飲んでいるが、話はせねばなるまい。
「ところで、――これからどうします?」
「「「「ぶふぅーーー!!!!!!!!!?」」」」
何故だかわからないが、一斉に口に含んだ紅茶を吹き出した彼らは狼狽している。
「ちょっと大丈夫ですか!?
あーぁー……怒られますよ、こんな紅茶をこぼして……」
「「「「誰のせいだよ!?」」」」
「知らんがな!?」
――なんで逆ギレされるのさ?
◇◇◇
数日後。
クックさん達に指導したり、騎士団に顔を出したりする慌ただしくも平和な日々を過ごしていたある日。
廊下を歩いていると、背後から不意に呼び止められる。
「コムギ様」
「あぁ、メイド長さん。
どうかしましたか?」
ようやく見つけた、とでも言わんばかりに 微笑みを浮かべた彼女はいつものキリッとしたポーカーフェイスにすぐ戻り、手短に淡々と用件を告げる。
「皇帝陛下からのお達しを伝えに参りました。明日、広間にて式典を行うので出席せよ、との事です」
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