第18話 バター?

――パンを売って欲しい


 当たり前の表現なのだが、不意を突かれ思わず目をパチクリと瞬かせてしまう。


「は、はあ……⁉」


「あれほどのパンは食べたことがない、――いや、そもそもあれはパンなのですか?


 中に得体の知れない物が入っていたり、上に重ねてあったり、食感も含めて多種多様の衝撃を受けました。甘さだけでも、甘すぎたりせず様々な風味が感じられた。

あれほどの種類や風味がパンで出せるなんて信じられない!


 そんなパンは今まで見たこともなかった。

だが同時にこの間のパンには未知の可能性を感じました。

投資の意味も含めて、ぜひ売って欲しいのです‼

……すみません、取り乱しました」


 ハアハア……‼と息を切らすほど興奮し、一気にまくし立て熱弁を奮ったショーニさんはわざとらしく咳払いをして身を正す。平静を取り戻すと頭をさすりながら恥ずかしそうに自省している。


 矢継ぎ早にグイグイとこられたオレはその押し迫る迫力に思わず引いてしまった。

 聞く限り、悪い話ではないようだが、

技術や知識の提供までを含めた意味もあるのか?

 相手は商人、しかも経験豊富そうだ。

もしかしたら別の意図があるのか、そんな邪推をしてしまう。オレ自身もオーナー、つまり経営者だから商売の妙は心得ている。

その経験を踏まえれば、多少なりとも副次的な狙いが何かあるだろう、と思っている。

 アンさんや公爵らの食べたリアクション、それらを考えれば、俺の作ったパンにがついてもおかしくなさそうだからだ。

困窮しているこちらからすればこの話に乗るのが最善案、そう思ったオレは、熱意を持ってパンを評価してくれた彼の気持ちを信じてみる事にした。


「 わかりました、よろしくお願い致します。

つきましては、いくらで、どんなものを、どれだけ?」


 そう、それにもよるからだ。

使う材料や時間などを考えて可能か判断する必要がある。


「おぉ!ありがとうございます‼

『あんぱん』もいいのですが、私が求めているのはあの薄きつね色気味に白い、外はサクサク、中はふんわりとした甘さでふわふわ食感のハーモニーを産み出していたあのパンです」


――なるほど、『あれ』か。

老若男女みんな大好きなあのパン。

地方によって名前が違い、名前と味がマッチしないという謎のある『あれ』


――そう。

『メロンパン』

に違いない。


「おそらく『メロンパン』だと思われますが、おいくつですか?材料の手配もしたいので」


「まずは100個ほど」


「100個ですね、わかりました。」

よし、それなら十分やれる!

、、しまった、必要なものが足りない。

『あれ』がないとダメなんだよな。


「材料で必要なものがあればこちらで融通と用意いたします、なんでも仰ってください。

どんな材料を使ってあの味になるのか興味ありますからな」


「本当ですか?

では一つ御願いしたいものがあります」


「なんですかな?」


「『バター』ってありますか?」


「『バター』……ですか」


「はい」


「………」


 もしかしたら供給が難しいのかな?

機械化とかあまりされてないみたいだし。


「……コムギ様」


「はい」


 ショー二さんの神妙な面持ちから発せられる重々しい空気、まさかダメなのか?


「〔バター〕とはなんですかな??」


そこからかよ⁉


 バターがない……これは深刻な問題だ。

なにせ風味や食感が出せないのだから。


「ミルク、牛乳はありますか?」


「あるにはありますが、それも高級品でなかなか安定して手に入るものではありません。


さすが『メロンパン』とやらは高級品だけどあって素材から違うのですな……」


「くっ……ここでも問題があったか」

思っていたより深刻な事態だ。


「ミルクはどこで手に入る?」


「ミルクですと、エスケープゴートかカウカウの乳になりますね」


 エスケープゴートはヤギの魔物。

カウカウは牛の魔物らしい。

つまりヤギか牛か、どちらかというわけだな。そいつらからの安定供給がなければミルクもバターも手に入らないのか。

――なんとかしなければ。


「……どこにいけばいい?」


「えっ……⁉まさか採りに行くおつもりで⁇」


「もちろんだ」


「お、およしなさい!

両方とも危険な魔物で、そんな大層な物だからこそ市場にもほとんど流通しておらず希少な物なのですよ⁉」


「しかし、バターがなければ美味しい『メロンパン』は作れん。

だが頼まれた以上、オレの『パン職人』としてパンが作れないなんてプライドが許さん。

これは――オレの仕事だ!」


……なんという真っ直ぐで熱い目だ。

これが『パン職人』か。

 聞いた事の無い職業ジョブだが、まさか死地に飛び込み、そこで得た食材を高尚な食べ物へ昇華するという人智を超越した敏腕にしかなれない『伝説の職業』だとでも言うのか……⁉

 確かにこれほど気迫漲る御仁には会ったことがない。昔勇者と呼ばれた以外に感じたことの無い気迫を感じる。

この方ならもしかして……。


 コムギのやる気に満ちた気迫ともしかしたらという期待感からショーニは根負けした。


「わかりました。

やはり貴方はアンお嬢様が見込まれるだけの御方のようだ。

ならばせめて、こちらから護衛を提供させて下さい。相手は凶暴な魔物ですから、腕の立つ者を用意します」


「本当ですか⁉

不安だったので助かりますよ。

よろしくお願いいたします」


「おい、カレンとシオンをここへ」

「はっ!」


「少々お待ち下さい。いま呼んで参りますので」


「ありがとうございます。

そういえば、今更ですがお名前をちゃんとまだ聞いてませんでしたね」


「おお、大変失礼しました。

私は当アキナイ商会の代表、ショーニ・アキナイと申します。

今後ともよろしくお願いいたします、コムギ様」


――コンコン


「入れ」

「「失礼します」」


……あれ?

あの二人、さっきの受付と案内をしてくれたお姉ちゃん達だ。


ボブカットの可愛い系がカレン

黒髪ストレートの美人系がシオン


と名乗るこの女の子二人が護衛?


……大丈夫なのか⁇

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