式典と晩餐会

第135話  準備①先へ

「ふぅ……ご馳走さま。

 では我々は先に戻ってるぞ、まだ検討しなければならない事が山積みだからな」 


 食堂での食事を終え、執務室に戻る一同。

 オレは厨房に戻り、片付けをして合流するつもりだった――が。


 副料理長のクックさんを始め、片付けが終わるや否や料理人達から質問攻めに合い、中々戻れずにいた。


「コムギ殿!

 フライの衣はこれくらいで大丈夫ですか!?」

「コムギ殿!

 パンの焼き具合はどうでしょう!?」

「コムギ殿!

 タルタルソースの味見をお願いいたします」


「えーと、衣はもう少しパン粉を少なく。

 焼き色はまだ薄いのであと2分。

 タルタルソースは――……ベースのマヨネーズの量が多すぎるかも。もう少し卵を増やしてください」


「「「はいっ!」」」


 厨房に戻るなり、ずっとこんな調子。

 みんなすぐに真似して試作したりアレンジしていた。オレからすれば何気なくサンドイッチを作っただけだが、調理法は彼らからすると未知の知識。いち早く自分のモノにしようと躍起になっている。


「いやぁ!

 さすがはコムギ殿――いや、コムギ先生ですな。指導も的確でわかりやすいし、目から鱗の知識や技術ばかり。

 こんなにこの厨房の料理人達が張り切っているのは見た事がないですよ」


「そうなんですか?」


「えぇ。私もこの中央食堂に来てから改めて分かりましたがどことなく停滞感がありまして。

 この厨房には優れた選ばれし者しか入れず、いわばエリートしかいないのです。

 ここに入る事をゴールにしてしまい満足してしまう者も少なくなく、しかし日々忙しいので成長の機会もないままマンネリ化していたのですが……」


「オレが今日来て変わったと?

 まさかそんな――」


「コムギ殿!

 試しにこんなサンドイッチを作ってみました。

 いかがでしょう?

 ぜひ味見をお願いいたします!」


「「「――!!!」」」

(しまった、先を越された!)


 ――ゾクッ!!


 な、なんだ?

 刺さるような視線が厨房中から向けられているぞ!?

 ま、まぁとりあえず食べてみようか。

 パッと見たところ、ソテーした野菜と焼いた鳥肉のサンドイッチのようだが……。


「じゃいただきます――……。

 ――うん、この食材の組み合わせだとタルタルソースで味付けするとくどいから、何か別の味にした方が良いかも?」


「やはり!ありがとうございます!」


 ――ギヌロッ!!


 試作の感想を受けた若い彼は厨房中からの敵意にも近い視線をモノともせず、嬉々と自分の作業スペースに戻っていった。

 そして、次こそは、と狙いすましたタイミングでクックさんが皿をおずおずと差し出す。


「コムギ先生……実は私も試しに一品作ってみまして――。

 これはマヨネーズで和えたゆで卵のサンドイッチです。タルタルソースの作り方をヒントに作ってみました」


「お……!

 これはタマゴサンドですね!

 では、いただきます」


 ――モグモグ……


「ど、どうでしょう!?

 マヨネーズの美味しさを味わえるために、シンプルにする方が良いかなと思ったのですが……」


「うん……!

 美味しいです!!

 素朴だけど、飽きのこないシンプルイズベストなサンドイッチですね」


 久しぶりに食べたけど、やはり美味しいな。

 塩味、マヨネーズ、卵のコク――素材が調和し、美味さが見事に柔らかいパンにふわりと包まれている。

 しかし――……。


「卵のコクがもうちょっと欲しいかな……」


「コムギ先生もそう思いますか?

 私もマヨネーズの味に卵が今一つ勝ててないというか……」


「なんだろう、この卵は『エッグバード』の卵なんですよね?

 なぜこんなに風味が弱いんだろう……――ん?どうしましたか、クックさん。

 そんな鳩が豆鉄砲食らった様な顔して」


 良く見渡すと厨房中の料理人達がギョッ、とした顔でこちらを見ている。なんだろう、なんかおかしな事言ったかな?

あ、もしかして――。


「すみません、鳩が豆鉄砲食らったと言うのはですね、故郷の古い言い回しで、豆鉄砲という玩具で鳩を撃つと思いがけずびっくりする様子を表現した慣用句でして――」


「いやいやいや!

 そこではなくですね!?」


「そこじゃない? 」


「エッグバードの卵と仰いましたよね!?

 稀少な食材ですよ、入手は非常に困難で簡単に手に入るわけないじゃないですか!」


「……あれ?

 そう言えばショーニさんがそう言ってたっけな――王国じゃ普通に使ってたから忘れてた。

 じゃクックさん、これまで使ってた卵は何の卵なんですか?」


 エッグバードの卵じゃなければ一体何なのか。正体が解らないとなると途端に不安になるが、それ以上に興味が湧いてくる。


「普通に使ってた!?そんなまさか!?

 2、3年に1回出回るくらいの食材ですよ??

 我々は普通、チキンズの卵を使いますが……コムギ先生はエッグバードの卵を、 その……本当に……いつも……??」


「チキンズって魔物がいるのかぁ、知らなかったな。ベーコンエッグやシフォンケーキを作った時に気付かなかったのは完全に失態だったな……」


「あぁ、あの時使った卵はエッグバードの物でしたよ。

たまたま仕入れが出来たのとコムギ先生が自ら振る舞うという事でこっそり奮発したんです。

 今は中々手に入らないので、チキンズの卵を使ってますが」


 なるほど、そうだったのか。

 それにしてもチキンズの卵をとエッグバードの卵、マヨネーズにしてみると鮮明に風味が違うのがわかる、驚く程に。


 よく味わえば、チキンズは食べ慣れた普通の卵。主張は少ないが、調理しても他の素材と合わせやすいだろう。

 対するエッグバードは甘味のないプリン、もしくはカスタードかと思うほどに濃い風味。

 はっきりとした主張は時に他の素材の旨味を消してしまうかもしれない。

 用途によって使い分けするのが良いかもしれないな。


「すみません。

 お訊ねしたいのですがコムギ先生、先程のエッグバードの卵を普通に使ってたとは一体どうゆう……!?」


「あぁ、王国では捕まえてきたエッグバードを街の外れでカウカウとかと一緒に飼ってましたからね」


「「「「「へ!?」」」」」

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