第30話王様と執事

 諸侯会議。


 王族を含む地方貴族すべてが集う大会議。

王城にて行われ、その食事、晩餐会などの準備は毎年入札と持ち回りによって数多の商会や料理人が担当する。

もちろん、各々の働きが評価されれば、その栄誉だけでも後の営業活動に大きくプラスになる。


 裏を返せば、しくじると後がなくなる。

掴んだ切符の行き先は天国か地獄か。

決めるのは自分達次第。

だから毎回、各商会や料理人は必死にあれやこれやと材料集めやら献立作りに奔走するのだ。


 そしてショーニ商会が担当するのは、休憩時間ティータイム。そこで『メロンパン』の御披露目になる。ディナー前と考えればちょうど良い時間なのかもしれない。

 休憩時間ティータイムは時間の効率を考え、会議室で行われる。国王はムダが嫌いで、通常の貴族だけの休憩時間ならば庭園まで移動するのだが、それを良しとせずと考えるためだ。


◇◇◇


「(ふーっ……今年も課題が山積みだ。

何か気分を変えるような甘味な食べ物はないだろうか)」


 中休みを兼ねたティータイムを迎えるに辺り、国王や参加している貴族達は一様にそう思っていた。

今年は例年よりも議題内容が多く重要なものが大半を占めているため、集中力と神経をすり減らしていた。


 疲れたときには甘いもの。

その考えは広く認知されていたが、出てくる甘いものはケーキなどが多く、ふんだんに砂糖が使われているため少し『重たい』のだ。

しかもケーキの生地はスポンジというふわふわと空気を含んだ軽いタイプではなく、バターケーキのようなずっしりと目の詰まった生地だからなおさらである。


 口当たりがよく、甘さも食べごたえもある、ちょうど良いものを潜在的なニーズとして彼らは欲していた。だが、今まで誰もそんな食べ物に出会った事がなかった。

もし、そんな食べ物があったなら――……。



 休憩時間ティータイムを迎えると同時にガラガラと会議室のドアが大きく開き、ティーカートが入ってくる。

次の瞬間。



ふわっ――………‼



 甘い、バターを焦がした匂いが漂い、会議室を次第に支配していく。

匂いだけでその場にいる者全て、未知への興味という好奇心に一瞬で思考を奪われる。

まず嗅覚から訴えかける作戦は成功したらしい。


「な、なんだ‼

この香りは……⁉⁉」


「嗅いだことがあるようなないような、しかし蠱惑的な……‼」


「今年のティータイムはあのショーニ商会が担当だそうですよ、例の新興の……」


「ほお、ならば期待するとしましょう。

成り上がり商会の菓子を。

はてさて、どんなものが出てくるのやら……」


 カチャカチャとテーブルの上に紅茶と『メロンパン』が置かれていく。

白亜の皿に、ただ一つ、ぽんと乗っているだけだ。


何もしていないメロンパン。

それだけ。


 にも関わらず、初めて見る者達の目には薄い黄金色の球体をした未知の食べ物として認識された。

白亜の皿に乗せたのはその綺麗な焼き色を強調するためだ。

嗅覚の次は視覚を攻める、これも上手く行った様だ。



「――では毒見を」


 この場において、最初に食べるのは国王の執事セバスチャンだ。

万が一に備え、彼は毒見をしなくてはならない。彼もまた初めて見る『それ』に困惑していたが役目を果たすべく、『メロンパン』をナイフとフォークを器用に使い、一口サイズに切り分けてから口にする。


「(なんだ、これは……‼


外と中で食感が違う、だと……⁉

ケーキではない、いやケーキのようだが、まるで違う。

これは……一体なんなのだ……⁉)」


 初めて受ける美味の衝撃におもわず思考も行動も停止してしまう。

一瞬でも気を抜いてしまうとは国王の筆頭執事としてあるまじき行動だ。


「――どうした、セバス?

珍しいな、お前が取り乱すとは」


「失礼しました、何と評したらわからず……もう少々お待ちください」


 もう一口、今度は自分を見失わない様に気を付けながらゆっくりと口にする。


――続けてもう一口。


――いや、ダメだ。

わからない、もう一口……。


もぐ……


「――おい」


もぐもぐ……


「おい」


もぐもぐもぐ……


「おい!」


ハッ!

無我夢中になっていたセバスチャンが我に帰る。


「はっ、失礼致しました。問題は……ありません」


「あるわけないだろう!

全部食べおって‼⁉」


「なんと!いつの間に⁉」


「いつの間に⁉じゃない‼

余の分がなくなってしまったではないか⁉」


「申し訳ありません‼」


「……しかし珍しいな、お前が取り乱すとは……」


 国王、イストは軽く驚いた。

なぜなら執事セバスチャンが職務を全う出来なかった事など今まで無かったからだ。

逆にセバスチャンは失態を犯した自らを心の中で激しく責めた。


 同時に、久しく忘れていた『夢中になる』という感覚と『メロンパン』の後味と余韻に酔いしれていた。



――ふむ、と顎に手を当て何か考えていた様子の国王の一言がざわつく会議室にさらなる激震を与える。


「ショーニ商会の代表とこれを作った料理人を今すぐ連れて参れ」


前代未聞の『王命』が下るのだった。

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