うっかりとおじゃまむし


 晴れてあまなちゃんと友達になったことで明確な変化があったということはなく、俺のブラック勤務は軟化しないまま普通に激務の日々が続いていた。

 マジでクソだと思う。


 そうして2日が経った木曜日。

 その日の配達を終えて本社に戻った俺はコーヒーでも飲んでから帰ろうと思い、社員用の休憩スペースへと足を運んだ。


「あれ……」


 時刻は午後8時を回ってるから、てっきり誰もいないかと思いきや先客がいることに気付く。


「堺じゃねえか。どうした?」

「……」


 先客──堺茉央に声を掛けるが、まるで反応が無い。

 一瞬意識が無いのかと焦るが、すぐにそうでないと分かった。


 何せ──。


「──くぅ……すぅ……」

 

 堺は静かな寝息を立てていたからだ。

 法人営業部もかなり作業量が多いっていうし、疲労から居眠りしてしまってもしょうがないだろう。


 何より、普段はキリッとして厳しい表情をしていることが多い堺も、ひとたび眠ってしまえばこんなにも柔らかな表情をするものだなと思わず魅入ってしまう。


 いつもの表情もクールビューティーで良いが、こういう無防備な顔でも可愛いと思える程、彼女の顔立ちは整っているなと再認識する。


 だからというわけではないが、居眠りする程に疲れているであろう堺に何かしてやりたいと考えた。

 しかしあまなちゃんにお礼を返す時と同様、どうすればいいかと悩む。

 

 そうやってあまなちゃんのことが頭に浮かんだからだろう。

 俺は無意識のうちに堺の頭に手を伸ばし、激務を経ても綺麗に整えられている赤茶の髪を、そっと撫でていた。


 うわ、髪サラサラ……。


 予想以上に柔らかい触り心地に、我を忘れて夢中で撫でまくる。

 ロクに女性経験のない俺にとって、無性に好奇心を擽られて止まない。


 そろそろ止めないと……でももう少しだけ……と、何度もエゴとイドのマウントの取り合いを繰り返していると……。



「──ちょっと。セクハラで訴えるわよ?」

「──ヒィッ!?」


 ガシリと頭を撫でていた手を掴まれ、目が据わった堺がゆっくりと顔を上げたことで色んな意味で終わりを告げた。


 ヤバイヤバイヤバイ!!?

 うっかりとはいえ完全にやらかした!!


 背中に冷や汗が流れる程に焦ってしまう。

 

「──って、カズ君?」

「ち、違うんだ堺! これは──」


 慌てて弁明しようとすると、彼女はパッと手を離して……。


「……はぁ、なんだ。てっきり有熊君かと思ったわ。ごめんなさい」

「──へ?」


 怒り心頭の様子だった堺は相手が俺だと分かるや否や、人違いだったと告げてから謝って来た。

 まさかの反応に呆けたままでいると、彼女はジト目を向けて来る。


「それで? 居眠りしてた私を起こすなら、どうして頭を撫でたりしたの?」


 あ、これ許してないわ。


「ええっと、居眠りするくらい疲れてるんだって思って、頭でも撫でて労わろうと思っただけっす……」

「……本当に?」

 

 そう察した俺はすぐに理由を明かすことにした。

 が、当然ながら納得してないようで、未だ厳しい視線を向けるままだ。


「あぁ。第一、俺にセクハラするような度胸ないっての」

「……ふふっ。ええ、そう言えばその通りね。疑ってごめんなさい」

 

 堺はクスリと笑みを浮かべながら、警戒を解いてくれた。

 思いの外あっさりと納得してくれたようで、とりあえずホッと胸を撫で下ろす。

 自分で言っておきながら、そう簡単に納得されるっていうのは少し気になるが……まぁこの際いいだろう。


「あ、でも今回は私が相手で頭を撫でただけだから許すけれど、他の女性社員には同じことしちゃ駄目よ?」

「分かってるって」


 ……暗に自分にならして良いって言う風に聞こえることは黙っておこう。


「ねえ、カズ君」

「う、おぅ……」


 そう思っていると、堺は俺に半歩近寄って来て上目遣いで見つめながら声を掛けられる。

 美人な彼女の割とレアな仕草に内心動揺してしまった。

 はいはい、どうせ女慣れしてないですよーだ。


「労わってくれるんでしょ? 続き、してくれないのかしら?」

「は……? え、良いのか?」

「カズ君のことは信頼しているし、何よりキミの撫で方って手慣れてる感じがするもの」

「ま、まぁ、妹の頭をよく撫でたりしてたからな……」


 手放しに称賛された気恥ずかしさから、妙な緊張を感じて落ち着かない。

 

 なんだこれ?

 堺ってこんなやつだったっけ?


 七年近くも接して来た同僚の意外な一面を目の当たりにするとは……。

 そんな感慨深さを抱きつつ、彼女が満足するまで頭を撫で続けることになった。


 ~~~~~


 そして翌日の金曜日。

 今日はあまなちゃんに会える日とあって俺はウキウキ気分だった。


 だが……。


「お前、今すっげぇ気持ち悪い顔してんぞ~」

「うっせぇ。ホントならもう仕事放り出してでも、あまなちゃんの癒しが欲しいくらい禁断症状出てんだよ」

「ひぃ~末期じゃないですかやだー。おまわりさ~ん、コイツでーす」


 宅配員にとっての仕事道具とも言える配送トラックに乗り込もうとしたところで、今日はオフのはずだった同僚──有熊三弥が挨拶代わりに中傷を飛ばして来た。


 中傷と言っても軽口レベルのものだとは俺も把握しているが、流石に内容が酷い気がする。

 でも実際自分で言った通りマジで禁断症状が表れ始めてて、夢にまであまなちゃんが出て来た程だ。


 これはいくらなんでも不味いと、目覚めと同時に戦慄したのが今朝の話。

 っと、それよりもだ。

 

「で? お前は今日休みだったはずなのに、どうして出勤して来てるんだ?」

「いや、仕事に来たわけじゃないし。オレは社畜に成り下がったつもりないからね?」


 肩を竦めてあっけらかんと語る三弥に、俺はため息で返すしかなかった。


 というか暗に社畜を馬鹿にするなよ。

 ワーカホリックでもない限り、なりたくてなってる人ばかりじゃないんだぞ。


「はぁ? 仕事に来たんじゃないなら忘れ物でもしたのか?」

「ん~まぁ、忘れ物って言えば忘れ物だな」

「煮え切らないこと言わずにハッキリ言えよ……」

「分かった分かった、そんなに睨むなって。これから配達なんだから仏頂面は止せよ」


 誰のせいで仏頂面になってると思ってんだ……。

 そう思いながらもこの表情で配達に出たら、お客様を怖がらせてしまうのは確かだと納得する。


「それで、本題はなんだよ?」

「よくぞ聞いてくれた! その理由はただ一つ、オレもあまなちゃんに会ってみたい!」

「は?」


 ドヤ顔で何言ってんだコイツ。

 俺はそんな冷ややかな眼差しを向けざるをえなかった。   

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