天那の学校生活


 ~月曜日~


「はすみちゃん、ちゆりちゃん、かなちゃん、おはよー!」

「お~あまっち! おはよっす!」

「おはようあまなちゃん」

「お、おはよー……」


 天梨と和の2人と遊園地に行った2日後の登校日。

 足を踏み入れた教室で友達である蓮水達の姿を見つけた天那は元気に挨拶をする。

 対する3人も各々の反応で返してくれた後に、自分の席に座った彼女へ蓮水が真っ先に話し掛けた。


「あまっちはママさんとおにーさんの3にんでゆーえんちにいったんすよね?」

「うん、とってもたのしかったよー。おみやげもあるからおうちでみんなにあげるね!」

「うおおっ、やったっす!」

「とってもうれしいわ!」

「あ、ありがと……」


 おみやげの存在に3人は歓喜し、放課後の予定も決まったところで天那は遊園地での出来事を話していく。

 ジェットコースターやお化け屋敷の話で智由里と嘉奈が顔を青ざめたさせた後に、ウサギ達との触れ合いを聞いた途端瞳を輝かせるなど、話す側も楽しくなるリアクションを貰える。

 蓮水に至っては終始胸を躍らせていた程だ。


 一通り話し終えた天那に、智由里があることを尋ねた。


「ねぇねぇあまなちゃん。一つ聞いていいかしら?」

「いいよ。どうしたの?」

「あまなちゃんのママとやまとおにーさんってつきあってるの?」

「つきあう……ママとおにーさんはなかよしだよ?」

「びみょーにわかってないわね……そうじゃなくてこいびとなのかどうかってことよ!」

「こいびと……?」


 大人からすれば何ともませた質問だが、尋ねられた天那は首を傾げるだけだった。

 それは言葉の意味が解らなかったのではなく、友達とどう違うのか分からないのである。 

 しかし少女漫画を嗜むようになった智由里からすれば、件の2人は大人同士故に先が気になる男女なのだ。

 観覧車に乗ったのなら、何かしらの進展はあるはずと期待している。


「ん~……よくわかんない」

「むぅ~、こんどあまなちゃんにマンガをかそうかしら……」


 だが景色を見るのに夢中だった天那に2人がどんな話をしていたかなど知るはずもなく、結果として智由里の目論見は崩されたと言える。

 それでも彼女は諦めないタフネスを瞳に宿らせた。


「でも、おにーさんがあまっちのパパになったらいつでもあえてたのしそーっす」

「うん。おにーちゃんはやさしーから、あまなちゃんとあまなちゃんのママもきっとだいじにしてくれそー……」

「おにーさんが、あまなのパパ……」


 蓮水と嘉奈の言葉に、天那は心に小骨が刺さったような感覚を抱いた。

 物心着いた頃から父親のいない彼女にとって、父親のいる生活というのは未知以外の何物でもない。

 友人達とは唯一共感出来ない存在に和がなるのかもしれないと思うと、どうにも胸の奥がモヤモヤとするのだ。

 

 ──おにーさんはあまなの『ともだち』だけど、いつか『ともだち』じゃなくなっちゃうのかな……?


「──なんだか、ヤだなぁ……」


 漠然と浮かんだ未来に、形容出来ない寂しさを感じてつい呟きが漏れてしまった。

 幸い蓮水達には聞こえていなかったようで、天那は一人胸を撫で下ろす。

 

 そんな彼女の心境など露知らず、一人の男子が近付いて行く。


「よ、よう……みなみ」

「おはよー、おのくらくん!」


 声を掛けて来た男子──『尾野倉おのくら大地だいち』はクラスの男子でも一番体格に恵まれている少年で、かつて天那が和の家に預けられた際に公園で知り合ったガキ大将だった。

 夏休みの間に親の転勤と共に引っ越し、天那達の通う学校に転校したことで約束の再会を果たしたのだ。


 特に彼の喜びようは凄まじく、何しろ天那に異性として好意を抱いているのである。

 公園で知り合った際に自分との体格差に物怖じせずに注意をし、嫌いもせずに一緒に遊んでくれたことが理由だ。

 好きな女の子と同じ学校に通えるとあって、転校で憂鬱気味だった大地少年の心が晴れやかになったのは言わずもがな。


 ともかく、彼は天那の気を引こうと毎朝こうして話し掛けているのだった。

 

「し、しゅくだいはやってきたのか?」

「うん。おのくらくんは?」

「お、オレのてにかかればよゆーだし!」

「わぁ~すごいねぇ~」


 顔を真っ赤にしながらも、必死に言葉を紡ぐ彼の姿は何とも初々しさに満ちたものであった。  

 それでも天那はバカにすることもなく丁寧に相槌を打つ。

 顔を合わせて話してくれる姿に、大地はさらに胸を弾ませながら会話を続ける。


 だが悲しい事に、当の天那は向けられる好意に気付いていない。

 そればかりか……。

 

「あまっちってだれにでもあんなかんじっすよね~」

「しっ! おのくらくんだってがんばってるのよ!」

「かな、じぶんのことじゃないのにドキドキするよ……」


 蓮水達には好意がバレていた。

 3人は吹聴するような性格ではないので大事には至っていないが、要はそれだけ彼の態度が露骨ともいえる。

 同級生同士の恋愛とあって、智由里は特に目に焼き付けんばかりに2人の行く末を見守っていた。


「それで──」


 ──キーンコーンカーンコーン……。


「──ぁ、チャイムが……」

「なっちゃったね~」


 そうこうしているうちに一限目の予鈴が鳴ったことで、否応なしに話を終えなければならなくなる。

 もっと好きな子と話していたいのになんと無慈悲なという風に項垂れる大地に、天那はにっこりと笑みを浮かべて……。


「またつぎのやすみじかんにおはなししよーね!」

「──っ! お、おうっ!」


 小さな約束を交わすのだった。

 他意が無いことが非常に残念ではあるものの、気落ちした大地の心は天に昇る勢いで復活する。


「おぉ~……あまっちってやっぱおおものっす」

「すごいわ……あれこそ『ましょーのおんな』よ!」

「わ、わ、わ~……かなのおかおがあつくなってきた……」


 友人の天然ながらも勘違いしそうな言動に、3人は息を飲んで感嘆の意を抱く。

 そうして始まった一限目の授業は、1か月後に迫った運動会についての話だった。

 

 競技選びの末に天那達はリレーに出ることになり、みんなで頑張ろうと意気込む。

 しかし、そんな中で天那はある競技が心に引っ掛かった。



 





 ──【おとうさんリレー】


 父親がいない自分には縁がないはずなのに、何故か無性に気になるのだった。

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