観覧車から見える景色
ウサギ達と存分に触れ合った後に出口で消臭・消毒されるのはなんとも複雑な心境だった。
まるで無菌室に出入りした気分だ。
全くもって嬉しくない。
まぁ匂いとか気にする人もいるだろうし、仕方がないのは解ってるんだがな。
そんなちょっぴり複雑な心境を懐きつつ次のアトラクションへと向かうことにした。
時間的にも次で最後だろう。
ウサギとの触れ合いで意外に時間が経っていて、あまなちゃんもびっくりしていた。
最後のアトラクションはあまなちゃんの希望に沿うようにし、その結果彼女が選んだのが……。
「観覧車、ですか……」
ゆっくりといくつもの大きな円形のゴンドラが回る、定番も定番のアトラクションだった。
中々の大きさなので首を限界まで上げてようやく頂上が見えるほどだ。
「うん! ゆーえんちでさいごにのるならこれだって、ちゆりちゃんがいってた!」
「それ少女漫画の受け売りとかじゃないよな……?」
なにかと影響を受けやすい性質のあの子ならありえなくもない言葉だ。
顔を真っ赤にして、でも瞳は好奇心を刺激されまくってキラキラと輝かせながら、一コマ一コマをじっくり読んでいく様子が目に浮かぶ。
色んな意味でちゆりちゃんの将来を見てみたい気がする。
ともかく、観覧車に乗る為に俺達は列に並んで順番が回って来るのを待つ。
その間、あまなちゃんが学校であった出来事を事細かに話してくれるので退屈はしなかった。
はすみちゃんが50m走で一番になったこと、かなちゃんの描いた絵がクラスの皆に評価されたこと、ちゆりちゃんが難しい問題を簡単に解いたこと、自分が拾った落し物を届けて先生に褒めてもらったこと……。
不思議と聞き飽きない話の数々を聴いている内に俺達が乗る番となった。
「あまなはこっち!」
「では私は隣に座りましょうか」
最早手慣れたもので、あまなちゃんの隣に天梨が腰を掛ける。
2人の限りなく近い距離感が、仲の良い親子である証明に他ならないと感じられた。
対面に座るのが俺でなくてもわかることだ。
「いちばんたかいところまでまだかな~?」
「まだ乗ったばかりですよ。頂上まではもう少し掛かりますから、大人しくしていましょう」
「はーい」
ガラスの外を見つめるあまなちゃんに、天梨が苦笑を浮かべながら注意をする。
それを一切疎ましく感じる素振りも見せずに受け入れた素直さを微笑ましく思う。
「にしても遊園地そのものもだけど、観覧車なんて10年以上乗ってなかったから年甲斐もなくワクワクするよ」
「それは高い所が苦手ということでしょうか?」
「いいや、単純に機会がなかっただけ」
むしろ、ただゆっくりと高い所に上がるだけなのに盛り上がるなんて子供だけと避けてすらいた。
まぁ目の前でまさに期待に胸を躍らせているあまなちゃんを見て、同じことを考えるつもりは毛頭ないが。
子供には子供の楽しみ方があって、それを大人っぽくないだとか体裁を繕って貶す理由はどこにもないんだ。
誰だって子供から大人になるのだから尚更だろう。
「そうですか……私も乗るのは子供の時以来ですね」
「へ? てっきりあまなちゃんと乗ったことがあると思ってたから意外だなぁ」
あまなちゃんの反応から察するに、遊園地に来たことがないというわけではなさそうだった分、天梨が一緒に乗ったことがないとは思わなかった。
「意外というか……」
よほど照れるような理由なのか、彼女は苦笑を浮かべて頬を掻きながら告げる。
「──単に私が高所恐怖症というだけですよ」
「……」
確かにそれはどうしようもない。
だからといってスルーするにはあまりにも呆れ返る他ない理由だった。
「ジェットコースターの時から思ってたんだが……天梨ってどうしてそう遊園地と相性が悪いんだよ……」
「わ、私だって好きでこの体質になったわけじゃありません……」
痛いところを衝かれたためかあからさまに顔を逸らされたが、耳が赤いので恥ずかしいだけだとわかる。
高い場所がダメでお化けもダメ……今日だけでも2つの弱点が判明したわけか。
しかしまぁなんというか……本人は頑として認めないだろうがそんなギャップもまた天梨の魅力だと思う。
少なくとも俺は悪いことだとは思わない。
「娘のためにこうやって乗ってる時点で大したもんだと思うよ」
「それはお化け屋敷の時と同じように和さんが一緒……です、から……」
「──っ、お、おう。そっか……」
途中でとても語弊がある言い回しをしていると気付きながらも言い切られ、俺も伝染したしように顔が熱くなるのがわかった。
今日は一体どうした俺?
こんなに何度も赤面させられるなんてらしくない……。
きっとアレだ、遊園地は親子とか恋人で来るイメージが強いからそっちに思考が引っ張られてるんだろう。
そうじゃなければ、勘違いしてしまいそうになる。
──もしかしたら、天梨が俺に好意を抱いているなんてことを。
そんなの自惚れにも程がある。
いくら黒音や三弥に言われたからって、簡単に意識するようじゃ甲斐性なんて無いようなものだ。
俺が彼女とこうしていられるのは、その優しさに甘えているからに他ならない。
間違っても、そんな期待を抱くのは筋違いだ。
だけども……。
「わぁみてみて! いちばんたかいところにきたよー!」
「おぉ……」
不意に聞こえたあまなちゃんの声に促されるがまま窓の外に目を向け、視界に映る光景に思わず声が出る。
あれだけ何度も見え上げていたアトラクションの数々が、すっかり見下ろせる位置なのだ。
地面にいる人達なんてアリと変わらない大きさだった。
落ちるかもしれないなんて不安は感じないと言えば嘘になるが、それが気にならないくらいに一番の高さから見る景色は筆舌し難い興奮を心に与えてくれる。
「おにーさん」
「うん?」
「きょーはゆーえんちにつれてきてくれて、ありがとー!」
「──どういたしまして」
もし叶うなら、こうやって穏やかな時間を2人と過ごせたらいいなと思う。
そう感慨深い気持ちを秘めながら、今日の遊園地日和は幕を閉じるのだった……。
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