かくしてウサギは少女にすり寄る



 お化け屋敷ですっかり腰を抜かした天梨が立ち直った後、園内のフードコートで昼食を摂ることにした。

 美味しかったし腹も満たせたものの、天梨の料理に胃袋を掴まれ切っている俺としてはどうにも物足りなさを感じてしまう。

 

 そんなちょっとした残念感を心の片隅に追いやって、改めて次のアトラクションへと向かった。

 

 食後だから激しい動きのアトラクションは後回しにして、やってきたのはウサギに餌をやったり撫でたりして触れ合える『ウサギの家』という猫カフェのウサギ版みたいなところだ。

 ちなみに天梨たっての希望である。


 早速中に入ると、部屋の至る所に色んな種類のウサギ達が気ままに過ごしていた。

 

「ふわぁ~うさちゃんかわいいー!」

「えぇ……こうして見ているだけでも心が安らぎますねぇ」


 その光景だけで2人のテンションが高くなる。

 無論、俺も滅多に触れ合う機会とあって胸が躍りそうだった。


「うさちゃん、おいでおいで~♪」

「キュ~」


 あまなちゃんが膝立ちをしてウサギに呼び掛けると、丸い体にフワフワの毛をしているウサギがゆっくりと歩み寄って来た。

 部屋の壁にある解説表によると、ジャージーウーリーという種類のようだ。

 こういった場所で飼育されているとあって人懐っこい子達が多いらしい。


 寄って来たウサギを恐る恐るあまなちゃんが抱っこしても、全く嫌がる素振りを見せないのがその証拠だ。


「えへへっ、もふもふしてるー」

「キュ~」


 ウサギの整えられた毛並みを堪能するあまなちゃんの表情はとても幸せそうで、抱っこされているウサギも心なしか甘えるような仕草をしている。

 マンション住まいなのでペットを買えないため、こうしていざ動物と触れ合えることに感動しているのかもしれない。

 その様子を俺は無言でデジカメに撮っていく。

 これは帰ったら家宝にしなければならないレベルの絶景だろう。

 

「キュキュ~」「キュ~」「キュッ」

「わ、わ、うさちゃんがたっくさんきた!」


 同じ部屋に住む仲間が抱っこされている姿を見たせいだろうか、我関せずといった風だった他のウサギ達があまなちゃんに次々と寄っていく。

 その数は彼女が立ち上がって移動出来ない程に集まっている。

 入場から1分と経たない内に、あまなちゃんはウサギ達の心を鷲掴みにしたらしい。


 いや素直に凄いと思う。


「……あの、和さん。目の前で差し出した餌を無視されたのですが……」

「……俺のも無視されてるから気にするな」


 俺はともかく天梨すらガン無視されたんだから。

 まさか餌よりあまなちゃんに寄っていくなんて誰が想像出来たのか……あの子の魅力は動物相手にも遺憾なく発揮されるみたいだな。

 大丈夫?

 あのウサギ達の中身って実はロリコンだったりしない?

 

 あまりの集まりように、そんなありえない勘繰りすらしてしまう。 


「いや~娘さん大人気ですねぇ~。飼育員の僕でもあそこまでウサギ達が寄って来たことはないですよ。も鼻が高いんじゃないんですか?」

「えっ!? え、えぇ。そうですね……」


 同じく様子を見守っていた飼育員の男性の言葉に、天梨は顔を赤くして曖昧に返した。

 サラッと夫婦で認識されていたことがよっぽど驚いたらしい。

 そんなに誤解されやすいのか、俺達……?


 一人で思い返したところで答えが出るはずもなく、依然としてウサギに群がられるあまなちゃんを微笑ましく見つめておこう。

  

「旦那さんも凄いですね~。こんなに綺麗な奥さんと可愛い娘さんがいてさぞ幸せなんじゃないですか?」

「あぁ~……まぁ~恵まれているなとは思ってますよ」


 おっと、今度はこっちに話題を振って来ますか……。

 予想外のことで若干驚くが、平静を装って問いに答えた。

 ここで夫婦じゃないって否定したらじゃあ俺と2人はどういう関係なんだと訊かれかねないし、説明も面倒なのでいっそ誤解に乗っかってみたんだが……天梨を怒らせてないか不安だ。


 一抹の不穏を感じつつ、横目で彼女の様子を窺ってみると……。


「──~~っ、バカ……」


 顔を真っ赤にしながら妙に口元を強張らせる表情をしていた。

 恥ずかしいのかさらに小さい声で罵倒も口にしている。

 ……後で謝っておこう。

 

「おぉ~……これはあの子がお姉ちゃんになる日も近いかもしれないな……」


 お前は何を言っているんだ。

 どこをどう見たらそんなセクハラで訴えても勝てそうな言葉が出て来るの?

 感心した顔が余計に腹立つなぁ……それで天梨に謝るの俺なんだから止めてくれない?


 訳の分からないことを口走る飼育員に呆れていると、あまなちゃんから離れた一匹のウサギが天梨の元へ近付いて来た。


「キュッ!」

「あ、餌ですか? どうぞ」


 その『構え』と言わんばかりの上から目線っぽい鳴き声を発するウサギに、天梨は嫌な顔をすることもなく入場前に手渡されていたウサギ用の餌を差し出す。

 対するウサギは特に拒絶することもなく、もきゅもきゅと餌を食べ始める。

 受け入れてもらえたことに、天梨の表情は自然と緩み出した。


「ふふっ可愛い……」

「──」


 普段の生真面目な雰囲気が和らぎ、心からの笑みを浮かべる彼女の顔に見惚れる。

 人と動物で比較するのは変な話だが、今の俺の視界に可愛いと思えるのは天梨しかいなかった。

 思えば本当に向けられる表情が柔らかくなったと思う。

 

 説明が面倒とか言ったものの、もしかしたら彼女と夫婦に見られることを密かに嬉しく思っていたからかもしれない……そう自分の本心を探りたくなる。

 それだけ目を奪われていたのだろう。


「おにーさん。ぼ~っとしてどーしたの?」

「え? あぁ、何でもないよ。というかウサギ達も一緒なのか……」

「うん、みんなあまなのうしろについてくるの。なんだかへーたいさんみたい!」


 いつの間にか群がるウサギから解放されていたあまなちゃんの呼び掛けに反応が遅れてしまった。

 その足元にはウサギ達が離れまいと付いて来ており、彼女の言うようにそれは兵隊の行進のようでもある。


 こんな可愛い行進なら誰もが注目するだろう。

 そう確信させられる反則級の組み合わせだ。


 さっきはなんだからしくもない考え方をしていた。

 気を取り直してこの光景も写真に収めておこう。


 そうして時間が来るまでウサギ達との触れ合いは続くのだった。

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