両手に華なお化け屋敷ツアー



 子供向けとはいえ初めてのジェットコースターを終えたあまなちゃんは、降りてからしばらく経ってもテンションの最高潮が続いた。

 黒音も絶叫系アトラクションが好きだし、案外こういった好みは実の母親である由那さん譲りかもしれない。 

 

 反面、天梨は若干グロッキーになっているようで苦笑を浮かべて強がっていた。

 コースターが苦手なのに娘のためによく頑張ったなと褒めたら、みるみる内に元気を取り戻したのが不思議だが結果オーライだろう。


 気を取り直して再び3人で川の字になって、次のアトラクションへ向かうことにする。

 目に着いたアトラクションを選ぶという方法で見て回っているのだが、先客の喧騒が楽し気でついつい目移りしてしまうので大変悩ましい。


「天那。あっちのミラーハウスはどうですか?」

「んん~……もっとほかのがみたい」

「じゃあスプラッシュコースターはどうだ?」

「すずしーけど、およーふくがぬれちゃうからきょーはやめとく」


 加えて俺達が勧めたアトラクションが尽く不採用の憂い目に遭うので、かれこれ20分は園内を歩き回るだけになってしまった。

 う~ん……自分の感性との違いを突き付けられて、まだ20代なのに歳を取ったなと思い知らされてしまう。

 

 というかあまなちゃんの意見を反芻すると、自分だけが楽しむのではなく俺達も一緒に楽しめるモノをあの子なりに選んでいるようだ。

 相変わらず思い遣りに溢れてい嬉しく思うものの、今日ばかりは自分本位でも良いとは思う。

 本人に言ったところで十分に伝わるかは怪しいが……なんて考えていると、あるアトラクションが目に留まった。


「なぁ2人共。あのお化け屋敷に行ってみないか?」

 

 華やかな遊園地に大凡似つかわしくない、おどろおどろしい雰囲気の古い木造屋敷タイプのアトラクションだ。

 浮いている分目立つそこからは、年齢性別が不明ながらも微かに悲鳴が響いていた。

 個人的にはかなり興味があるのだが、2人が拒否するならやめるつもりだ。

 

「おばけ……」

「怖いなら無理しなくてもいいよ」

「こわいけど……ママとおにーさんがいっしょならだいじょーぶだよ?」

「ふぐぅ……」


 ひしっと繋いでいた手を両手で握るあまなちゃんに、俺は歯を食いしばって悶えそうになるのを堪える。


 何この子超健気。

 俺が興味を惹かれているのを察して、一緒に行く選択をしてくれるとはなんという尊さだろうか。

 ありがたさと可愛さが同時に心臓へ殴り掛かって来た気分だった。 


「おおおおお化けやや、屋敷、ですか?! あああああああ天那がいい一緒に行きたいというのであれれれば、ワ私もいきますけどどどどどっど!!?」

「……目に見えて無理をしなくてもいいって」


 健気なあまなちゃんとは対照的に、天梨は大いに震え出していた。

 てっきり彼女なら遊園地でやるお化け屋敷なんて子供だましだとか理屈をこねると思っていただけに、この反応は予想外過ぎて意外な一面を垣間見た気分だ。

 だがこんなにも怖がってるし、天梨だけ外で待ってもらうのも手かもしれない。


「中に入るのは俺とあまなちゃんだけでいいから、あんまり怖いってなら天梨は外で待ってても──」

「!? そそ、それはダメです! お化け屋敷で一人になってしまったらそれこそ何かが出て来るかもしれないじゃないですか!!」

「まだ中にすら入ってねぇよ!? ……じゃあ天梨も俺に掴まってればいいんじゃないか?」

「──っ!!? い、いぃ、いきますぅ……」


 テンパリ過ぎて訳の分からないことを口走ってる天梨にそう提案する。

 すると、彼女は恐怖で青ざめていた顔色を赤く染めていき、涙目になりながらも同行の返事をして来た。

 ……ちょっぴり可愛いなと思ったのは黙って置く。


 ======


 いざ覚悟を決めた2人と共にお化け屋敷の中へと入った。

 中は薄暗い灯りによる僅かな光源で見辛いが、一歩進むごとに木造の床が軋む音が鳴る。

 壁には血の手形やお札があり、恐怖感を煽るBGMも手伝ってすぐに世界観に没入できた。


 そんな周りを見る余裕がある俺とは違い、天梨とあまなちゃんは左右から離れまいと必死に抱き着いて来ている。

 あまなちゃんはまだ目を開けて前を見る元気があるものの、天梨は早速限界が近いようで全然前を見ていない。

 というか右腕にナニか柔らかいモノが当たってる……いや、今は進むことだけに集中しよう。


 そう密かに煩悩を押し殺していると……。


 ──オ゛オ゛オオォォォォ……。


「「キャーーーーッ!!?」」


 井戸から貞〇が出て来た瞬間2人は大きな悲鳴を上げる。

 両腕が塞がってるので耳を抑えられるはずもなく、むしろそっちの方に驚かされた、 

 

「ひぅ~、おにぃさぁぁん……」

「大丈夫だからしっかり掴まってな」

「うん……」


 怖いのを我慢して辛うじて涙は出ていないが、声を震わせるあまなちゃんを宥める。

  

「どうして和さんも由那もこんな中を平然と歩けるんですかぁ……」

 

 そんな娘以上に天梨が泣きべそをかいていた。

 てか由那さんもお化け屋敷が好きなのか……双子だけど性格だけじゃなくて好みまで対照的なんだなぁ。

 なんて妙な感心を懐く間にも、俺達は歩みを止めることなく進んで行く。


 ──ペチョ。


「きゅぅっ!? なななな、何か冷たいのが頬に!?」

「コンニャクじゃないか?」

「どうしてそんな食べ物を粗末にするような真似をするんですか?! 今日からコンニャクを食べられなくなったらどう責任を取るつもりなんですか!?」

「誰もそこまで考えてないし求めてもないって……」


 確かにコンニャクが勿体ないしトラウマになりそうな気持ちも分からなくはないが、この手の定番に文句を言っても仕方ないだろう。

 水風船でも似たようなことは出来るだろうけど、万が一でも割れたら濡れちゃうしなぁ……。

 ちなみにさっきの可愛い悲鳴はもう一度聞きたい気持ちを抑えてスルーしておく。

 

 その後も襲い来る仕掛けの数々に何度も2人は……特に天梨は悲鳴を上げていった。

 あまなちゃんも最初こそビクビクしていたが、母親の怖がる姿を見て次第に慣れ出した。

 

 そりゃ隣で自分以上に怖がってる人がいたら冷静にもなるよなぁ。

 そろそろ天梨の喉が心配になって来た頃合いに、俺達はゴールへと辿り着く。


「お疲れ様でした~」


 係員さんの余韻もへったくれもない明るい声を聞いた途端、緊張の糸が切れた天梨がその場で腰を抜かしたのは言わずもがなである。

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