されて嬉しいのか分からない父親扱い



 ──土曜日。


「わぁ~~っ! おっきー!」


 目的地である筑野宮つくのみや遊園地に着き、割引券さまさまな格安料金で入場出来た。

 100円引きとかそんな細やか感を通り越して太っ腹の域だ。


 入場ゲートを通り抜けた瞬間、観覧車やジェットコースターといったアトラクションを目にしたあまなちゃんは瑠璃色の瞳をキラッキラに輝かせて興奮し始めた。

 ピンクのタンクトップに緑のハーフパンツ、一つ結びにしている明るい茶髪の上に水色のキャスケットを被っていて今日も大変可愛いらしい。

  

「天那。はしゃぎ過ぎてはぐれてはいけませんよ」


 そのテンションの上がりぶりを嬉しく思う一方、天梨は今にも迷子になるのではと心配そうな面持ちだ。

 彼女は白いレース模様のシースルー付きの半袖シャツに、デニムパンツという動きやすさを保ちながらもすっきりとした装いで、熱中症対策として日傘も差している。

 ……ここに来る前に目にして一瞬見惚れたのはバレてないはず。


「それじゃ離れないようにしっかり手を繋いでおこうな?」

「うん! ママもてをつなご!」

「ふふっ、そうしましょうか」

 

 天梨の心配の芽を摘むべくあまなちゃんと手を繋いだら、その反対側に彼女が立った。

 この見事な凸凹具合……何だか既視感があるなぁ。


 ──あ。


「──夏祭りの時の川の字と同じなのか」

「──っ!?」

「ど、どうした天梨? なんか驚かせたか?」

「い、いえ……なんでもありません……」


 ふと漏れ出た呟きに何故か過剰反応された。

 なんか顔が赤いし……まぁ暑いからかもしれないと思うことにしよう。


 そして予想通りと言うべきか、すれ違う人達の視線が天梨に注目していた。

 美人な天梨に目を向けて見惚れ、あまなちゃんを見て落胆し、俺を見て恨めしく睨む……でもって俺を指して『あれが父親か?』ってささやくんだぞ?


 へーへーどーせ不釣り合いですよ~……なんて心の中で不貞腐れてると、天梨が冷然とした無表情を浮かべているのに気付いた。

 ほらぁ、俺なんかを父親扱いするから怒られたじゃねぇか……。


「せっかくの遊園地なのに、人を見掛けでしか判断しない人達のせいで台無しにされた気分です……」

「……悪い。誘ってくれたのに迷惑を掛けたみたいだ」


 ジト目で不満を口にする天梨に申し訳ない気持ちで謝るが、今度はキョトンと瑠璃色の瞳を丸くして呆けた眼差しを向けられる。


「何故和さんが謝るのですか? 私が不満に思っているのはあなたが天那の父親に見えないなんていう人達のことですよ? 私や天那とこうして手を繋いでいる時点で察してほしいモノです」

「そっか。ならよか──んっ!?」


 不機嫌の理由を聞いて普通に納得したが、よくよく考えればかなり意味深なことを言っているのではと気付き、驚愕に疑問を交えた唸り声を出してしまう。


「ど、どうし──あぁっ!?」


 遅れて天梨も自分が口走ったことに気付いたようで、驚きと共に瞬く間に顔を再び真っ赤にした。

 こんな時になんだが、今日の彼女はコロコロと変わる表情を見て可愛いと思ってしまう。

 

 ……。

 …………なんだこれ?

 

 暑いなぁ……何故か体の内側が熱いなぁ……。

 特に顔があっつい。 

 熱さもだが心臓の鼓動が早いのも天梨の方へ顔を向け辛いのも、残暑の陽射しのせいだ。

  

 だから黙ってないで何か喋ってくれませんかねぇ、天梨さんんんんっ!!?

 こっちから話そうにも緊張して何も言えないんですって!! 


「? おにーさんもママもどーしてし~ってしてるの? ゆーえんちワクワクしなかったの?」

「めっちゃくちゃ楽しみに決まってるじゃないか! なぁ天梨!?」

「え、えぇっそうですね和さん! どのアトラクションから乗ろうか迷ってしまうくらいです!!」

「どれもおもしろそうだもんね! みんないっしょだ!」


 幸運なことにあまなちゃんが話題を振ってくれたので、2人してそれに全力で乗っかった。

 若干気まずい雰囲気を払拭出来たことに胸を撫で下ろしつつ、入場ゲートから移動して園内地図がある中央へ向かう。


 多種多様なアトラクションの紹介欄に目を通すが、どれも面白そうで先程天梨が言ったように何から乗るか本気で迷ってしまいそうだ。   

 まぁしかし……。 


「ジェットコースターとかフリーフォールみたいなのは激しいのはナシだな」

「軒並み身長120cmまでは制限が掛かっていますし、そもそも天那の身長は114cm程ですから足りてませんね」

「おっきくなったらのるからいいもん!」


 乗れないからといって、我が儘を言うでもなくあまなちゃんは前向きな感想を口にする。

 それも夏祭りの時と同じく『また来ればいい』という考えみたいで、その時も今日のように一緒に行けたら幸せだなと思う。

  

「お。子供向けのジェットコースターなら身長90cm以上あれば大丈夫みたいだから、そっちに行ってみるか?」

「うん!」

「決まりですね」


 最初のアトラクションは本番の予習として子供向けのジェットコースターに決まった。

 

 そうして向かったコースターでは既に何人かの親子連れが並んでいて、あまなちゃんとそう歳が変わらない子がほとんどだった。

 天梨が付き添いで一緒に並び、俺はデジタルカメラで2人を撮影するために待機という形だ。 

 しかしどっちも人目を引く容姿なだけあって、あそこだけ光ってるようにすら見える。


 あ、後ろに並んでる男の子があまなちゃんに見惚れら……やっぱ同年代の子にも可愛く見えるんだなぁ……。

 って、よくよく見ればその父親に至っては天梨に目を奪われてないかアレ!?

 一緒に並んではいないようだけど、奥さん以外の女性に鼻の下を伸ばすのは如何なものか。

 

 そんな呆れにも似た感想を浮かべていると、あまなちゃん達の順番が回って来た。

 コースターは丸太で作られた汽車のようなデザインで、確かに子供が好きそうだなと思える。


 係員に安全ベルトを着けてもらっている間に、こちらに気付いたあまなちゃんが大きく手を振ってくれた。

 その可愛さを微笑ましく思いつつシャッターを切って撮影し、俺も手を振り返すと今度は天梨がはにかむ姿が見える。

 ちょっと心臓が高鳴ったがあくまで平静を保ちながらその笑顔もパシャリと撮った。


 いよいよ動き出したコースターは本格的なモノに比べると緩やかではあるが、それでもジェットコースターらしく早い速度でレールを走って行く。

 子供達の甲高い声が響き、中には泣き声も混じっていた。

 慣れないとそうなるよなと苦笑を浮かべてしまうが、少しだけ見えたあまなちゃんの表情はとっても楽しそうだ。


 むしろ天梨の方が若干涙目になっていたような気がしないでもないが、母親の威厳を尊重して何も見なかったことにした。

 とにもかくにも、初めてのジェットコースターはあまなちゃんにとって好感触と言える結果で終えるのだった……。  

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