気まずい変化

小説本文


「明日ゲリラ豪雨が降らねぇかなぁああぁぁ~~?」

「嫉妬を微塵も隠そうともしない不吉な祈りは止めろよ」


 本日分の配達を終えて職場に戻って来たら、三弥から飲みに行かないかと誘われた。

 が、その明日は天梨とあまなちゃんの3人で遊園地に行くので酒は飲めないと返すと、このように今にも呪い殺さんばかりの愚痴を聞かされて始めたのだ。

 

 率直に言ってみっともないとしか言い様がない。


「いや、ホントなんなのお前? 天梨さんと遊園地デートとかオレへの当てつけなの?」

「言い掛かりだ。第一あまなちゃんも一緒なんだから2人きりじゃないしデートでもない」

「子供一緒って、それもう完全に身内同然の扱いじゃねぇかぁぁぁぁっ!!? クッソ憎たらしいけど、天梨さん絶対お前のこと好きだって!!」

「はぁ? そんなわけないだろ。元々親子で行く予定だったのを運よく誘ってもらえただけだよ」

「どっちにしろその運が羨ましくて堪んないだよチクショォォォォッッ!!」


 釈然としない気持ちを抱えながらも弁明するが、三弥は血走った眼でひたすら恨み節を繰り返すだけだった。

 その嫉妬と恥をひけらかす真似さえ止めればもう少しモテそうなのに、今の自分を客観的に見て何とも思わないのだろうか? 


 まぁ天梨とあまなちゃんと遊園地に行ける状況って、三弥の反応通りかなり恵まれているとは思うけどなぁ……。

 あんな出会い方をしたというのに、よくここまで信頼関係を築けているものだと自画自賛しそうだ。

 あわよくば本当に好意があるなんて思考は無きにしも非ずだが、現実になる可能性は限りなく低いだろう。

 

 それ以前に、俺自身が天梨のことをどう思っているのかが不鮮明だ。

 整ったスタイルや美貌に目が向きがちだが、礼儀正しくて何事にも手を抜かない真面目なところは好感が持てるし、取っつきにくさはあっても親しくなると柔らかい雰囲気も見せてくれる。

 厚意で作ってもらっている弁当からして料理の腕は最高だし、他の家事能力に関してもあまなちゃんの身なりを見れば高水準にあるのは違いない。

 もっと言えば実の娘ではないが、子供をあそこまで立派に育てた母性も言わずもがな。

 

 挙げ出すと身近どころか全国を捜しても早々に見つからない、類い稀な魅力に溢れている女性だと思う。

 そんな彼女に対して大きな信頼を向けているのは確かだ。


 しかし、その信頼が恋愛感情から来ているのかと言われれば迷ってしまう。

 まぁ……自分の気持ちを自覚したところで、向こうも同じなんてことはありえないな。


 ひとまずそう結論付けた。


「明日ゲリラ豪雨が降らないなら、いっそ和を通報して──」

「おいバカ! それはシャレにならないから止めろ!?」


 人が考え事をしている間に、三弥が冗談抜きで心臓に悪いことを言い出たので慌てて止める。

 あまなちゃんと会ったばかりの頃に比べた今では、通報されようと最悪なことにはならないだろうがそれでも未だに警戒していることなのだ。

 ビックリし過ぎてしばらく鳥肌が治まりそうにないなこれ……。


 背筋に冷や汗が流れそうな思いでいると、俺達の方へ足音が近付いて来た。

 

「騒がしいと思ったらあなた達だったのね……」

「茉央。お疲れ様」

「おつかれ~い、茉央ちゃん」

「お疲れ様」


 仕事を終えて私服に着替えていた茉央だった。

 わざわざこちらへ来る辺り、俺達……というか三弥が相当にうるさかったようだ。

 直接的な原因ではないとはいえ、若干申し訳なく思う。 


「なぁなぁ茉央ちゃん聞いてくれよ~! 和が明日天梨さんと遊園地デートに行くんだってよ~!」

「──ぇ」

「おま、なんで茉央にも言うんだよ!? 違うからな?! あまなちゃんも一緒だからそんな意図はないからな!!?」


 息つく暇もなく茉央にも愚痴を吐き出した三弥の制止も程々に、あまなちゃんも含めた3人で行くことを必死に弁明する。

 茉央は茉央で愕然とした出したもんだから焦る外ない。

 なんだってこんな隠し事を誤魔化すみたいな感じになってんだか……。


「──別にカズ君が誰とどこへ何をしようと、私や三弥君が口出しすることじゃないでしょ。そんな態度だからいつまでたっても彼女が出来ないのよ」

「ガァーン……」


 うわぁ……俺が敢えて言わなかったことをハッキリと言っちゃったよ……。

 直接毒をぶっかけられた三弥がガクリと項垂れるが、自業自得と思って受け入れてもらおう。

 

「なんか、悪かったな」

「……単に三弥君が鬱陶しかっただけよ。それじゃ」

「あ、あぁ……」


 礼を言うも茉央は顔色一つ変えずに足早に帰って行ってしまった。

 う~ん……のかこれ。


「なぁ和。茉央ちゃんと喧嘩でもしたの? なぁ~んかいつもより冷たい気がするんだけど?」

「俺にもよく分からないんだよ……」


 夏休みの頃にあった南家における騒動の中、彼女や三弥には隠したまま喧嘩して飛び出したあまなちゃんを保護したということだけ話していた。

 その時から、三弥の言うように茉央からの対応が妙によそよそしくなっている。

 顔を合わせれば挨拶や業務内容で言葉を交わすのだが、逆に言えばそれ以外の会話が長続きしない状態だった。  


 前は頻繁に話し掛けて来ていたのに、急な態度の変わりように困惑するばかりだ。

 早く解消したいところだが、如何せん手掛かりがまるで無い。

 せめて理由さえ分かれば良いんだがなぁ……。


 いっそ天梨か黒音に相談しようかとも考えたが、俺の関係事情に巻き込むのはどうにも忍びないので出来れば控えたい。


 逡巡していると三弥はハッとした表情を浮かべて何かを察したようで──。


「もしかして…………生理か更年期障害か?」

「……本気でそう思うんなら本人に聞いてみたらどうだ?」

「ごめんなさい」


 真剣な顔で何を言うかと思えば……。

 コイツに女心への理解を求めようとした俺がバカだった。

 まぁ人の事は言えない自覚はあるが、少なくとも三弥よりはマシだと思いたい。


「冗談はさておき、あんまギスギスが続くとこっちもやな気分だから何とかしろよ?」

「言われなくても解ってるよ……」


 何とかしたいなんて今さらだ。

 茉央とはウミネコ運送に就職してから長い付き合いだし、決して蔑ろにするつもりはない。

 彼女が何を考えて俺を避けているのかは知らないが、このまま関係が断たれるのはごめんだ。

 

 そんな気持ちを抱えて、自宅への帰路に着くのだった……。


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