それは朗報か悲報か
「そ、そういえば天那に私達のことをなんて報告しましょうか?」
「あ、あまなちゃんか……そうだよなぁどう説明しようか……」
何とか立ち直った天梨から投げ掛けられた問いに、嬉しさと不安で頭を悩ませる。
天梨と結婚するに当たって避けて通れないのがあまなちゃんの存在だ。
結婚したらあの子が娘になるんだよなぁ……。
何とは言わないが経験の無い夫婦の子供って、ある意味レアな立ち位置だと思える
それでも形式上は俺もあまなちゃんの……子供の親になるわけだ。
う~ん……覚悟の上とはいえ、どうしても不安要素は付き纏うし、気にならないというと嘘になる。
自分が親として振る舞えるかもだが、何せあまなちゃんには父親が居ない。
特に羨ましいとか聞いたことは無いが、それでも小さいながら他の家庭との違いは理解している。
懐いてくれているとはいえ、突然俺が父親になると言っても困惑は避けられないだろう。
おとうさんリレーに出て欲しいって言うくらいだから芽はあると思いたいが、拒絶される可能性は無きにしも非ずなのだ。
何より関係の発展が急過ぎるっていう理由もあるが。
帰って来たら出て行くと話していたはずの男が、自分の母親と結婚して父親になるとか、驚くしかないだろう。
俺達のことをよく知る人は当然として、天梨の娘であるあまなちゃんが一番驚く気がする。
今朝の自分に言っても頭がおかしくなったのかとすら思うレベルで急速だ。
いや本当に勢いだけで突っ走り過ぎだろ、俺……。
まぁそんな自己評価はともかく、あまなちゃんに対する説明だ。
まず隠すのは絶対に無理。
賢い子なので、結構周囲の人の表情から大まかな感情を読み取る能力が高い。
一緒に暮らす中で天梨との夫婦関係はあっさりバレるだろう。
特に嘘をつくのもつかれるのも苦手だから、自分が反対すると思われていたと傷付けてしまう。
というわけで隠す方向性は無し。
受け入れてもらいたいのに、傷付けては本末転倒だ。
そもそも……。
「……普通に報告する以外なくないか?」
「そうですよね……和さんなら天那も受け入れてくれるとは思いますが……」
「あまなちゃんの意志を無視するつもりはないから、認めてもらえるまで頑張るよ」
「私も出来る限りの説得はしますから、無茶はしないで下さいね?」
「解ってるよ」
天梨と結婚しようと決めたのは、あまなちゃんを含めて3人で暮らすためだ。
誰か一人欠けてしまったら、その時点で俺が望む幸せでは無くなる。
拒絶されようとも天梨への想いを諦めるつもりはない。
果たして喜ぶのか嫌がるのか……あまなちゃんがどんな反応をするかは分からないが、向き合う覚悟は十分に出来ていた。
後は本人が帰って来るのを待つだけだが……。
「ただいまー……」
噂をすればなんとやら……出掛けていたあまなちゃんが帰って来た。
天梨にプロポーズした時は違うベクトルの緊張に全身が強張る。
「和さん……」
繋いだ手を通して、天梨に緊張が伝わったようだ。
だがそれは俺も同じだった。
僅かだが、彼女の声音は少し硬いように感じたからだ。
よく考えればそれは当たり前だろう。
あまなちゃんが誰より大事な天梨からすれば、自分の好きな人と娘の仲にヒビが入るかもしれない場面なんだ。
緊張するなというのは酷な話だろうな。
そうしている間に、手洗いとうがいを済ませたあまなちゃんがリビングへとやって来た。
「あ……おにーさん」
「おかえり、あまなちゃん」
靴を見て先に帰っていたのは知っていたようだが、リビングに居るとは思っていなかったようで、目が合ったあまなちゃんは少しだけ目を丸くした。
が、それも一瞬ですぐに笑みを繕って寂しさを押し殺したみたいだ。
結婚を報せるより、まずは新居探しを止めたことを明かした方が良さそうだと判断する。
今のまま俺が父親になることを伝えても、受け止める余裕が無いだろうしな。
「あまなちゃん。新居探しのことなんだけどな……」
「うん……」
「引っ越すのは止めた」
「え?」
予想していた答えと違ったためか、瑠璃色の瞳が大きく見開かれる。
その眼差しには『もしかして』という期待がこれでもかと込められていた。
よほど懐かれているんだなと心の中で苦笑しつつ、結論を述べる。
「俺はこの家で暮らすよ」
「ホントに……?」
「あぁ本当だ」
「おにーさんとずっといっしょにいられる?」
「もちろん。あまなちゃんが良いなら」
「──っ、イヤじゃないよ。あまな、おにーさんといっしょにいたい!」
叶わないと思っていた願いが叶ったと理解し、あまなちゃんは今度こそ本当の笑顔を見せる。
やっぱりこの子には笑顔が一番似合う。
そう微笑ましい思いに耽たいところだが、本題はここからだ。
せっかく晴らした笑顔を再び曇らせることになるかもしれないが、どのみち避けては通れない。
こういうのは後に回すと余計に拗れる。
伝えるべきことは早くに伝えておいた方が良い。
いよいよと気を引き締め、俺は再度口を開く。
「それでな、もう一個伝えておきたいことがあるんだ」
「なーにー?」
嬉しさで心を満たされているあまなちゃんを見て、少しだけ躊躇いが生まれる。
けれどもここで止まったら家族になるなんて夢のまた夢だ。
「俺と天梨のことで……あまなちゃんにも関係することだ」
「おにーさんとママだけじゃなくてあまなにも?」
「あぁ……とっても大事なことだよ」
心臓の鼓動が早くなっていく。
天梨と繋いでいる手の平に汗が滲んで来て、後で謝らないとなんて思考が頭の片隅を過る。
そんな邪念を振り払い、意を決して続きを告げる。
「俺と天梨はな、夫婦になる……つまり結婚するんだ。だから、あまなちゃんは俺の娘になるってことなんだが……受け入れてくれるか?」
プロポーズの時の勢いはどこへやら、つっかえながらも何とか結婚の報せを伝えられた。
途中で顔を俯かせたせいであまなちゃんの表情は分からない。
せめて認めてくれと祈りつつ顔を上げると……。
──大きく見開かれた瑠璃色の瞳から、一滴の涙が零れていた。
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