想い通わせて



「……」

「……」


 ずっと玄関先にいるのもなんなので、リビングに移動してソファに隣り合って座ったわけだが、さっきまでが嘘のようにお互い黙り込んでしまった。


 とはいえ無理もない。

 俺と天梨は気持ちを通わせた結果晴れて恋人──を通り越して夫婦になったのだから。


 いや本当に自分でも勢いだけで突っ走り過ぎてたと思う。

 でもそれで後悔はしない。

 結婚したいくらい天梨が好きなのは事実だし、彼女もそれを受け入れてくれたしな。


 じゃあなんで今更気まずくなってんだって思うだろうけど、これまでの恋愛経験の無さが足を引っ張っているだけだ。

 ましてや初めて好きになって嫁になる相手が、テレビでも滅多に見ない美人な天梨だぞ?

 緊張するなっていう方が無茶な話だ。

 

「や、和さん……」

「お、おう」


 同じく緊張した様子ながらも沈黙を破った天梨から呼び掛けられ、どもりつつも先を促す。

 

「そのえぇっと、ご存知かと思いますが、私はこれまで恋愛経験をしたことがありません」

「それは、まぁ……俺も同じだからお互い様だろ?」

「えっ、あぁそう、でしたね……」

「……」

「……」


 ……ハイ会話終了。

 なんだこれ?

 これが夫婦になる男女の会話か?

 お互いの恥を晒しただけのような気がする。


 ヤバいなぁ……どう話せば良いのか分かんねぇよ……。


 せっかくの関係が水の泡になりそうで内心冷や汗を掻いていると、隣の天梨がクスクスと笑いだした。


「天梨?」

「あ、すみません……なんだか初めてのことだらけでおかしくなってしまいまして……」

「いや男がリードしなきゃいけないだろうに黙ってた俺が悪いし、そうやって笑ってくれた方が緊張も解れると思うぞ」

「もう……」


 正直な感想を口にしたのだが、天梨は顔を赤くしながらそっぽを向く。

 その反応がいじらしくて、無性に笑みが浮かんで来る。

 

「そういや、天梨の指のサイズってどのくらいだ?」

「いえ、正確に測ったことはないので分かりません……それにしても、配送業に勤めるだけあって和さんの手は大きいですよね」


 指輪のために質問をするが、どうやら後で測る必要があるらしい。

 そのまま手の話題から天梨が手の平を合わせて来た。


 毎日家事をしているとは思えないくらい、念入りなケアがされているのか彼女の手はとても柔らかい。

 だというのに全体の大きさは関節一つ分小さいのだ。

 その気になれば片手で天梨の手を包み込めそうだった。


 そこでふと意地悪心が湧き立つ。

 ほとんど衝動的なまま重ねていた手を握る。


 指の間に指を挟む、いわゆる『恋人繋ぎ』というやつだ。

 より密着したことで、天梨の手の温かさが大変よく分かる。


「や、和さん!?」

「別にいいだろ? 夫婦になるんだし?」

「そ、そうですが……これは、ちょっと恥ずかしいです……」


 突然の行動に天梨は顔を真っ赤にして慌てだす。

 俺も内心恥ずかしいのだが、そこは男の意地で平静を装う。

 

「まぁなんだ。お互い経験が無いなりにゆっくりやっていこうぜ。……夫婦になるんだからさ」

「……はい」


 我ながら何とも青臭いセリフだが、天梨は柔らかな笑みを浮かべてくれた。

 

 なんか……いいな、こういうの。

 そうだよ、何も焦る必要なんてないんだ。

 俺達はこれから夫婦として……家族として支え合っていくんだから、時間は山程ある。


 もう自分だけの人生じゃない。

 天梨とあまなちゃんのためにも、もう車中泊生活みたいな無茶は出来ないな……。


 なんて感慨深い思いでいると、天梨が何かを言おうとして言えないでいる様子なのに気付いた。

 どうしたんだろうか?


「天梨?」

「えっ、な、なんでしょう?」

「いや、なんか言いたそうだったから聞いてみたんだけど……」

「あ、いえ、な、何でもないですよ?」


 気になって尋ねてみたが、彼女は赤い顔を伏せてはぐらかされてしまった。

 う~ん……これはいけないな。


「隠し事、なのか?」

「い、いえそういうわけではなく、ただ単に私が照れているだけですから!」

「照れる? なにを?」

「その……今後の呼び方について、です……」


 意図が読めずに首を傾げると、天梨は余程緊張しているのか視線を逸らしながらもゆっくりと答えてくれた。

 なるほど、夫婦になるからこそ呼び方を変えようとしているわけか。


「それってたまに見る『ハニー』と『ダーリン』って呼び合うやつ?」

「よ……呼び合いたい……ですか?」

「いや流石にそんなバカみたいな真似はちょっと……」

「わ、私も、人前であんな風に見せつけるのは遠慮したいので、そう言ってもらえると少し安心します……」


 本心からの安堵の息が出てる辺り、やっぱアレって頭悪く見えるよなぁ……。

 相手への愛情の証と思えるが、独身の人に喧嘩を売るような真似はしたくない。

 それに……。


「無理に呼び方を変えなくなって、ちゃんと気持ちは伝わってるから大丈夫だよ」

「……そうですね。私達は私達のやり方で良いんですよね」

「あぁ…………ちなみになんて呼ぼうとしてたんだ?」

「ええっ!? 結局聞くんですか!?」

「さっき言ったのじゃなかったなら、なんだったんだって思ってな?」


 呼び方は変えないで良いが、彼女が俺をなんと呼ぶつもりだったのかは気になる。

 追及されないと油断していたようで、天梨は顔を真っ赤にして狼狽え出す。


「どうせ変えないんだし、一回だけ呼んでみ?」

「うっ……わ、笑わないで下さいよ?」

「笑わないって」

「……本当に?」

「本当本当。ウチの嫁がなんて呼ぶのか楽しみなだけだから」

「よ、嫁ってまだ婚姻届も出していないのに気が早いですよ……」


 あ、指輪だけじゃなくてそれも用意しなきゃダメだった。

 結婚式も挙げたいだろうし、色々準備することが多くなるなぁ……まぁそれはおいおい。


 今は天梨が俺をどう呼ぶのかに耳を傾けよう。

 まだ照れが残っているが、彼女はジッとこちらを見つめて……。


「あ──」

「あ?」

「──あなた……って……」

「──……」


 ……。

 

 …………。


 ……どうしよう、俺の嫁がめちゃくちゃ可愛い。


 俺のことズルいズルいって言うけど、天梨も大概だからな?

 なんだよそれマジで反則だわ……。

 

「……心臓が持たないのでいつも通りで」

「……ですね。私も物凄く恥ずかしいです」


 結果としては互いに悶える形となった。

 うん、変に奇をてらわずにいつもので十分だな。


 そう実感するのだった。

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