天梨からの相談


 2週間後、天梨が仕事で2泊3日の出張に行くことになった。

 これ自体は、まぁまだ許容範囲内ではある。

 けれど問題はその後だ。


「出張の間、あまなちゃんを俺の家で!?」

『ええ。早川さんの仕事を把握した上で、無茶なお願いをしていることは自覚していますが……』


 違う違う天梨さん、俺が言いたいのは仕事のことじゃなくて、あまなちゃんがよりにもよって俺が借りている部屋に来るってことだから!

 え、俺いつの間に天梨の留守の間に、あまなちゃんを任せられるくらいの信頼を得たの!?

 

 彼女が伝えた要件の詳細に、俺は驚きを隠せずに狼狽えるばかりだった。

 だがしかし、天梨は構わず続ける。


『流石に激務と聞く運送業でも、有給申請は受けられるはずですが──』

「いやいやその前にいくつか確認させてくれ」

『え、ええ。構いませんよ』


 サラッと受ける前提で話が進み始めたのを慌てて遮り、俺は気持ちを落ち着かせてから天梨に質問をする。


「まず1つ目。なんで俺? 天梨の両親は健在のはずだろ?」


 南家の事情を聴いた際、彼女の両親──あまなちゃんの祖父母は健在だと聞いている。

 そんな真っ先に頼れる人達じゃなくて、出会ってまだ3ヵ月も経ってない俺を頼るのはおかしくない?

 信頼されているのは嬉しいが、それとこれとは話が別だ。


『もちろん、まずは両親にお願いしようと思いました。ですが出張の3日間、父と母は町内会主催の旅行の幹事として出掛けてしまうのです』

「うっわ、なんつー間の悪さ……」


 そう思って尋ねた俺の言葉に、天梨は悩まし気に返した。

 

『天那を育てる際のひと悶着が原因で主人の親戚にも頼れませんし、その、私もあの子のことで手一杯で、近所付き合いもあまり……』

「それは、仕方ないだろ。あ、あまなちゃんの友達のはすみちゃん達はどうだ?」

『き、近所付き合いと同じく、親同士の交流もあまりないので、それもちょっと……』

「ごめん、それはちょっとフォロー出来ない……」

『べ、別にしてもらいたいだなんて頼んでいませんから……』


 天梨の娘第一も考え物だな……。

 これを機にもう少し周囲にも関心の目を向けられることを祈ろう。


『わ、私のことは良いんです! それより、他に頼れる方が早川さんしかいないので、こうして相談をさせて頂いているというわけです!!』


 つまり、俺が選ばれたのは信頼されているからではなく、単に消去法で残ったからってことかい。

 真相を理解した俺は、正直嬉しいやら悲しいやら複雑な心境だ。

 

 ひとまず、次の質問をする。


「なるほど……それじゃ2つ目。あまなちゃんに出張のことは?」

『まだ伝えていません。預け先が決まるまでは内密にしておかないと、不安にさせてしまいますから』

「あ~……」


 超納得した。

 それなら仮に俺が断ったとしても、あまなちゃんには言わない方がいいな。

 

 そういえば預かる予定の初日は平日だが、なんの偶然か小学校が創立記念日で休みだという。

 社畜からすれば羨ましい制度だ。


 ともあれ、俺は最後の質問を天梨に告げる。


「最後に3つ目……?」

『ですから、頼れるのは早川さんだけだと──』

「そうじゃなくて、こうしていて言うのもなんだけど、俺は所詮仕事先での交流しかない部外者だ。仮に何か企んでたらどうするんだ?」

『……』


 厳しいことを言うようだが、流石に天梨の行動は軽率だと思う。

 消去法で選ばれたにしても、そもそも候補に挙がったのは間違いなく信頼関係を築けているからだ。


 でも誓ってそんなことはないが、俺が今まで本性を隠していたとしたらなんて想定がされていないように思える。


 そんな考えから天梨の言葉を待っていると……。


『早川さんは、あまなや私に不利益が被るようなことを企んでいるのですか?』

「いや、全くこれぽっちも。そんなことを企む暇があるなら、仕事をしてる方がマシだよ」


 彼女に伝えたのは、あくまで例えばの話だ。

 俺自身の気持ちはそんなことをするつもりは毛頭ない。

 なので天梨の問いを一蹴して返す。


『──では、何も問題ありませんね』

「は? え、いや、でも……」


 あっさりと信じた様子の天梨に、俺は戸惑いを隠せない。

 動揺が治まらない俺に構わず、彼女は続ける。


『私は私なりに早川さんを信じているからこそ、天那を安心して預けられると判断したんです。都合が悪ければ断ると遠慮せずに仰って下さい』

「──っ!」


 その言葉に、消去法だなんて考えは間違いだと気付かされた。

 天梨が自分と娘と交流がある人物の中で、誰なら安心してあまなちゃんを任せられるかをしっかり考えた結果なんだ。


 きっと悩みに悩み抜いただろう。

 彼女がそこまで考えて俺が選ばれたんだ。

 俺に出来るのはその決断を後悔させないことだと思う。


 ──だったら、返事は1つだ。

 

「──解った。天梨が出張の間は、俺があまなちゃんの面倒を看るよ」

『本当ですか!? ありがとうございます!』


 天梨のお願いを引き受ける返事をすると、よほど望み薄と思っていたのか、弾むように感謝の言葉が紡がれた。

 その反応がどこかあまなちゃんに似ていて、思わず苦笑いを浮かべてしまう。


「休みの方はこっちで何とかするから、あまなちゃんへの説明は頼んだぞ」

『もちろんです。3日間だけとはいえ早川さんと共に過ごせるのでしたら、あの子の寂しさも多少は和らぐはずですから』

「だと良いけどな」


 もし『嫌』とか言われたら死ねる自信はある。

 ともかく、あまなちゃんの方は天梨に任せるしかないな。

 

『当日は預かって頂く際の注意事項もお伝えしますので、よろしくお願いします』

「あぁ。俺も休みは何としてでももぎ取ってやるからな」

『あまり自分の首を絞めないようにして下さいね。では、おやすみなさい』

「おう。おやすみ」


 話がまとまったところで、俺は天梨との通話を切る。

 事情故に楽観視しているわけではないが、2週間後にあまなちゃんと一緒に過ごせる日を心待ち遠しい。


「──部屋、片付けないとな」


 別段汚れてるわけでも、何か見られて困る物があるわけじゃないが、3日も寝泊まりするのならキレイにしておくに越したことはないだろう。

 そうして掃除の計画を立てながら、俺は車を走らせて家に帰るのだった。

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