もぎ取り有給休暇
天梨からのお願いを引き受けた翌日。
早めに出勤した俺は、早速管理部へと足を運んでいた。
彼女の頼みである『あまなちゃんを3日間預かる』ために、まずは3日の有休を取る必要がある。
ぶっちゃけ運送業に就いてから、そんな長期休暇(※激務のせいで感覚が狂っています)を取るなんて初めてだ。
有休自体は拒否されることはないだろうが、問題はその理由だろう。
バカ正直に『知り合いの娘を預かるためです』と言っても、それは俺で無いとダメなのかと追及されるかもしれない。
実際に天梨が俺以外にもう頼れる人がいないため、厚顔無恥で貫き通せば良いだろうが、これから有休申請をする相手はあの日乃本部長なんだよなぁ……。
間違いなく〝圧〟が飛んで来る。
あのア〇ゴさんみたいな口調で、じわじわと首を絞めるように圧を掛けて来ることは確定だろう。
あれに屈さず3日の有休をもぎ取ることが出来れば、俺の勝ちとなるわけだ。
自分の勝利条件を再確認した俺は、今まさにフランスパンを齧っている日之本部長と向き合う。
つーかデカイなそれ。
今からそんなに大きいの食べんの?
それはそれで気にはなるが、ひとまず挨拶をしよう。
「おはようございます、日之本部長」
「むぐ……おはよう、早川君。朝早くからどうしたんだい?」
挨拶くらいではまだ圧は感じない。
「2週間後に有休を取りたくて──」
「──ほぅ~?」
うっわ、有休って単語を聞いた途端に圧を放ち始めた!?
多分、休みを取ることじゃなくて、スケジュール調整のし直しの労力を考えてんだろうけど、せめて最後まで言わせてほしい。
「有休自体は構わないがぁ、何日に取るつもりかねぇ?」
「え、えと、再来週の金曜日から日曜日の──」
「3日!!」
「ひぃっ!?」
「その頃の配送予定も山程あるというのに、3日もかぁいぃ?」
怖い怖い怖い怖いっ!!?
そりゃ無理を承知で言ってるけどさ、何もそこまで威圧することはないだろ!?
有休は全労働者が使える権利だし、申請が却下されるってことは無いだろうけど……いや、却下しないからと言って、自分から引き下がらせるようにするってパターンもあるか。
「であればぁ、それ相応の理由はぁ、あるんだろうねぇ?」
「も、もちろんです! その3日間で、知り合いの子供を預かることになったので、その面倒を見るためです!」
「それはぁ、絶対にキミでなければダメなことかぃ?」
「っ!」
来た、この有休申請で一番言われるであろう言葉……。
相変わらず日乃本部長から発せられる圧は凄まじくて、もしこの有休申請が俺個人のためだったら、ここで情けなく引き下がっていただろう。
でも……俺は最後の砦として天梨にあまなちゃんのことを頼まれたんだ。
──その信頼の応えるためにも、こんなことで折れるわけにはいかないだろ?
一度深呼吸をする。
後ろに下がりそうな足を踏み留めて、頭を冷静に保って日乃本部長と向かい合う。
「──俺になら任せられるって太鼓判を押されたんです。それなら応えるのが人付き合いとして一番の正解だと思っていますよ」
「! ふむ……」
俺の返答を聴いた日乃本部長は一瞬だけ目を見開いた後、逡巡する素振りを見せた。
よく考えてみれば、俺はこの仕事に就いてから初めて上司であるこの人の言葉に反論したんだ。
いつも圧に屈して言葉を聞き入れていたやつが、こうして面と向かって自分の意見を貫いたのなら、確かに多少なりとも驚くかもしれないな。
そう客観的に自分の成長を実感している内に、日乃本部長は少し困ったような表情を浮かべてこちらに目を向ける。
「キミの気持ちはよく分かった。だが、3日ではなくせめて2日にはならないかね?」
「向こうの都合なんでどうしても3日じゃないとダメなんです。その後は他の社員の尻拭いでもしわ寄せでも受けますんで、どうか……!」
「む、むぅ……」
忙しいのは百も承知だ。
俺だって、このいつも死にそうになる仕事を何年続けて来たと思ってんだか。
それでもその3日だけは何が何でも外せないと主張し、最後の押し出しとして頭を下げる。
流石の日乃本部長も、困惑したような唸り声を上げていた。
これでもまだ足りないかと歯痒い思いを感じていると……。
「──いーんじゃないっすか? その間オレが出ずっぱりでフォローしますし」
「確かに3日も人手が足りないのは厳しいですけど、絶対という程過酷でもないですよ」
不意に背後から俺を擁護する言葉が投げ掛けられ、頭を上げてそちらへ顔を向ける。
「三弥……堺……」
俺の後ろには、三弥と堺の姿があった。
2人共、仕方ないのないやつを見るような眼差しだったが……。
「──分かった、早川君の有休申請を認めよう。上には僕から言っておくよ」
「っ、ありがとうございます!」
その援護が決定打となって、日乃本部長は観念して折れた。
すかさず礼を伝えて頭を再び下げる。
「ここ最近、妙に調子の良い早川君に3日も抜けられるのは厳しいと思っていたが……その君が仕事より優先したいとは、よほど大事な子なんだね」
「まぁ……生き甲斐でもありますんで」
部長からの意外な評価に驚きつつ、続けて問われた内容には、苦笑を浮かべて曖昧に返す。
親戚の子って言うのは嘘で、本当はその子経由で親と知り合ったとか言えない。
堺はともかく、あまなちゃんのことを知っている三弥はにやけ面を浮かべていた。
ひとまず有休申請を受領してもらい、管理部を出ると堺が声を掛けて来る。
「あのカズ君が有休だなんて、珍しいこともあるのね」
「なんだよその言い方……」
「まぁ、コイツ入社してから一回も有休取ったことないもんなぁ」
「三弥もかよ。大体そんなわけないだろ? 7年も働いてるんだから、俺だって有休くらい……適度に、と、って…………」
あれ?
俺、確かに今まで有休取ったことないぞ?
「あ、ようやく自覚して蒼褪めてら」
「こっちが何度言っても『そのうちに』って話半分だったもの。社畜の鑑なんてあだ名も納得ね」
「ちょっと待って、俺そんなあだ名つけられてたの!?」
呆れた様子の三弥と堺の言葉に、俺は驚愕を隠せずに聞き返した。
だが、2人は素知らぬふりをして追及をのらりくらりと避けていく。
「っま、あまなちゃんに大事が起きないようにしっかりやれよ?」
「やっぱり解ってたか……」
堺に聞こえないようにひっそりと耳打ちで激励を伝えて来た三弥に、俺は返す言葉を無くす。
ともあれ良き同僚に恵まれたおかげで、俺は無事3日の有休を得ることが出来たのだった……。
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