癒し系天使の母親も癒し系だった
「なぁにが『君が仕事より優先したいとは、よほど大事な子なんだね』だよ! 激務を前倒しにしてる時点で台無しだってのバァァァァカッ!!」
約束していた3日間の有休を得た2日後の金曜日……俺は荒れに荒れていた。
何せ、あの後日乃本部長から普通に配達量の増加を言い渡されたからだ。
それも『3日休むと言ったが、それまでの2週間はいつも通りでは?』と要らない逆転の発想が理由である。
ホントマジで、その発想はいらなかったなぁ……。
特に今回は、有休を認めてもらっただけに断り辛さが尋常じゃなかった。
「だが、それも今日で一旦は無に帰すぜ……!」
そう、金曜日の今日はあまなちゃんに会える日だ。
あまりの忙しさに、午後5時過ぎになってしまったが。
こんな怒りも不満も疲れも、存分に癒されて綺麗さっぱり忘れたい……。
疲労で擦り切れた心を繋ぎ止められたのは、間違いなくあの癒しのためだ。
溢れ出る思いのままに、俺は南家へ配送車を走らせていく。
そうして『マンションエブリースマイル』に着いた。
荷台から荷物を降ろし、それを抱えて184号室へ歩みを進める。
いつも通りにインターホンを押し、ドアの向こうから軽快な音が鳴り響く。
『──はい』
「ウミネコ運送です。荷物のお届けに来ました」
『分かりました。少々お待ち下さい』
「ん……?」
何か変だな……。
いつもなら元気な調子なのに、、今日はやけに冷淡というかテンションが低いというか……。
そんな疑問を感じていると、玄関のドアが開かれた。
「こんにちは、早川さん」
「えっ、天梨!?」
出てきたのは、あまなちゃんではなく天梨だった。
時間的に彼女が帰っていてもおかしくはないが、俺としてはあまなちゃんの出迎えではないことに、例えようのない切なさを感じるばかりだ。
そんな俺の反応を訝しんでか、天梨は不満気にジト目を向けてくる。
「私が出て来ては何か不都合でもあるのでしょうか?」
「い、いや……いつもあまなちゃんが出てくれてたから、新鮮というかなんというか……」
図星を衝かれた俺は、咄嗟に取り繕ってはぐらかす。
前科があるだけにすぐには真意を探るように、眼差しを向けてくるままだが、やがて視線を外してため息を吐いた。
「まぁ、分かりました。あの子は今お友達の家に遊びに行っているので、家にはいませんよ」
「ぇ、あまなちゃん、いないのか……?」
「夕食までには戻って来る予定ですが、早川さんとは入れ違いになるでしょうね」
「マジかよ……」
まさかの天使不在に、俺は愕然として膝から崩れ落ちた。
あ、荷物は中身が傷付かない様に置いてあるから無事だったりする。
でもなぁ~、あまなちゃんが居ないとか、肩透かしも良いところだよコンチクチョー……。
遊び相手は恐らくはすみちゃん達だろうから、それはそれで仲が良いってことなんだが……うぅ~ん……。
「あなたという人は本当に……」
天梨が呆れたように呟く。
実際声音からして本当に呆れてると思う。
「有休は取れたけど、再来週までに配達が前倒しにされたんだよ」
「あぁ、通りで覇気が無いんですね」
有休が取れたその日に天梨には連絡しているので、すぐにこちらの疲労困憊振りに納得がいったようだ。
それにしたって、自分の娘を活力剤代わりにされるのはいい気分では無いだろう。
俺、改めて考えるまでもなく良く通報されてないよなぁ。
っま、あまなちゃんがこれから大きくなればこういう日も増えていくだろうし、予行みたいなもんだと思って割り切るしかないか。
「次の配達までに時間はあるけど、あまなちゃんが帰って来ても疲れてるだろうから、今日はもう行くよ。あまなちゃんによろしくな」
「──待って下さい早川さん」
「ん?」
大人しく引き下がろうとしたら、不意に天梨に呼び止められた。
何か用でもあるのかと振り返ると、何故だか彼女の綺麗な頬には朱が混じっている。
「その、少し屈んで頂けませんか?」
「え?」
「ですから、早く屈んで下さい!」
「は、はい!?」
どういうつもりなのかと聞き返そうとしたら、怒鳴られてしまった俺は、慌てて言われた通りにしゃがむ。
丁度天梨の首辺りに頭が下がったところで……。
「えい」
「お……?」
ぎこちない動きで伸ばされた天梨の手の平が、俺の頭に軽く乗せられた。
突然のことでどう反応すればいいのか分からず、呆けることしか出来ない内に、彼女は少しやるせなさを垣間見える眼差しを浮かべ出す。
「早川さんはこうされるのがお好きだと、娘から聞いていましたが……やはり私では力不足でしょうか?」
「あ、その、ダメってことはない、けど……」
「そ、そうですか……」
素直が良いからって口が軽過ぎじゃない、あまなちゃん?
なんてツッコミを心の中でしながら天梨の行動に忌避感を懐いていないことを打ち明けると、ホッと安堵の表情を浮かべる。
というかなんだこれ。
癒されていると言えば癒されている。
流石癒し系幼女であるあまなちゃんの母親というべきか、天梨は早々にコツを掴んで俺の疲労を癒していく。
あまなちゃんの時もそうだったけど、この親子は不意打ちで人の頭を撫でて来るところがそっくりだ。
けれど、年下でも成人女性から頭を撫でられるのは……特に天梨みたいな美人からとあってどうにも気恥ずかしさを感じて、あまなちゃんの時と違って否応無しに意識してしまう。
加えて無言で俺を撫でる天梨が黙ってしまい、些か妙な雰囲気になっていた。
囃し立てる様に心臓の鼓動がやかましくて、余計に緊張感を加速させる。
「~~っ、こ、ここまでです!」
「えっ、お、おう……」
やがて天梨の方が限界を迎えたようで、俺の頭から手を離した。
冬場の布団の中のようにさっきまで心地良かった温かさが無くなったことで、無性に寂しい気持ちを感じてしまう。
「早く次の配達に向かうのですよね!?」
「あ、あぁ。それじゃここに印鑑を──」
「はい、どうぞ! それでは失礼します!」
はっや。
顔を真っ赤にしている天梨は、俺が言い終わる前にやや乱暴に受け取り印を押して、そそくさと玄関のドアを閉めて戻っていった。
さっきまでの空気もあって気まずかったので、俺としても彼女の行動には助けられたと思う。
勿体ないとすら思えるあの感覚を振り払うために、仕事に戻った俺はあくせくと働くのだった。
──そうして2週間後……ついに天梨が出張に出ている3日の間、あまなちゃんを預かる日が来る。
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https://twitter.com/aonosekito/status/1175912485154508801?s=19
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