ほらね? 健全な勉強会でしょ?


 ──ロリコン。

 通称『ロリータ・コンプレックス』の略称だ。

 幼女への性的嗜好や恋愛感情、又は執着を持つ人物を指す場合が多い。

 

 これの少年版がショタコンである。

 

 近年、このロリコンによる犯罪が後を絶たないことで、保護者や周囲の大人による子供を守ろうとする行動は過保護にも匹敵しかねない。

 まぁ、我が子の身の安全を思えば仕方がないのだが、過保護が行き過ぎて道を尋ねるだけでも事案認定されるくらいに、過剰かつ攻撃的な反応を返されることが多くなった。


 親切心から子供にお菓子を与えた場合なんて、警察沙汰にすらなりかねない。

 悪気が無い行動でも、不審者と憚られることも有りうる現社会において『あなたはロリコンですか?』なんて言われてみよう。


 ──実質、死刑判決と変わらなくね?


 それくらいには、社会的に抹殺されてもおかしくないと思う。

 さてさて、どうして急にこんな話を挙げだしたかだって?


 それはなぁ……。


 ~~~~~


「おにーさんは『ろりこん』なの?」

「──ぅぼぁ……」


 ──今まさにその状況だからだよ。


 あまなちゃんの友達であるちゆりちゃんの、まるで自分の考えに間違いはないと確信した表情で以って尋ねられた問いに、俺は膝から崩れ落ちそうになった。


 あぁ、これから新聞の紙面に『少女4人に勉強と称して他人の家に上がり込み、不埒な行為を企んだ疑い』なんて文で載ったりするんだろうか?


 語弊が無い様に言っておくが、俺はいつも癒してくれるあまなちゃんへのお礼として、彼女達の勉強を手伝う為に連れられただけだ。

 断じてそんな疾しいことは考えてないし、ロリコンでもない。

 

 だから、ここは堂々と『NO』って告げるだけでいいんだ。

 

 俺は悪く無い!

 俺は悪く無いっ!!

 

「ろりこんって、家族と先生じゃない大人のことよね? アタシ、知ってるんだから!」

「いやいやいやいや!? それじゃ世の中の大人がみんなロリコンってことになるよ!?」

「あぁ、ホントだ!? うぅ……」


 やけに自信たっぷりな様子で凄まじい知ったかぶりを披露したちゆりちゃんに、慌てて訂正を口にする。

 すると自分の勘違いを指摘された彼女は、恥ずかしさからみるみる内に顔を赤らめていった。

 う~ん可愛い。


 しかしびっくりしたなぁ。

 ちゆりちゃんの勘違いこそが、現代社会の闇を象徴しているように思える。

 通りすがりの子供を何気なく見つめただけで、ロリコン認定されるようなことは避けたいものだ。


 いつの間に世の中はこんなに生き辛くなってきたのだろうか……あぁ、虚しい……。


「ご、ごめんなさい、おにーちゃん……ちゆりちゃんは、おべんきょー、できるけれど『ききかじり』のままでおぼえちゃうの……」

「お、おぉ。指摘したら間違いに気付ける分、マシだと思うけどね……」


 一番大人しい子であるかなちゃんの口から聞きかじりって言葉が出て来たことに戸惑いつつも、そう返す。

 この子の方が語彙力あるだけに、ちゆりちゃんの失態がより浮き彫りになった感じがするのは黙っていよう。


 というかおにーちゃんって。

 うちの妹はもっぱら『アニキ』と端的に呼んでいただけあって、幼女からのおにーちゃん呼びは悶えそうになる。

 落ち着け―……衝動に身を任せたら不審者扱いされるぞー……。


「アタシもごめんなさい……パパが『ろりこん』には気をつけなさいって言ってたから……」


 慌てていた様子から一転、落ち込んだ表情のちゆりちゃんからそう謝られた。

 いかん……あまなちゃんの友達にこんな顔をさせちゃダメだ。


「大丈夫だよ。ちゆりちゃんは可愛いし、お父さんの心配は良く分かるから」

「! え、えっと、ありがと……」


 俺が気にしてないと伝えると、ちゆりちゃんはもじもじと顔を赤くして答えた。

 うんうん、さっき言った通り、彼女みたいな子供がいると過保護になるのも良く分かるわ……。

 勘違いの元凶も父親だと判明したが。


 それはもうどうでもいいや。


「さて、宿題で分からないところがあったら遠慮なく聞いてくれ。いきなり答えを教えることは出来ないが、手解きくらいは何度でもやるよ」

「「「「はーい!!」」」」


 俺の合図に合わせて、四人が元気よく返事をする。

 こう見えて、妹の勉強を見たことはあるので、ある程度の要領は心得ているつもりだ。

 

「そういえば宿題はどの教科なんだ?」

「さんすー!」


 あまなちゃんが一枚のプリントを見せてくれた。


 その響き自体に懐かしさを感じるなぁ。

 中学から数学にジョブチェンジして、新中学生たちに強敵として襲い掛かって来ることは、最早避けられない運命だ。


 ……なんの話をしているんだろうか、俺は?


「はい、しつもんっす!」

「どうした?」


 そして早速、元気っ子であるはすみちゃんが挙手した。

 

「2─1って──」

「流石にそれはわざとだってわかるからなー?」

「え、もうバレたっす!?」


 舐められているにも程がある。

 いや、この場合は如何にもムードメーカーらしいはすみちゃんなりのスキンシップという可能性も捨てきれない。


 どちらにせよ、まじめにやれとしか言いようがないが。

 

「お、おにーちゃん、あのね? さんすうの6+5って、10でいいの?」

「ん~、かなちゃんはどんな果物が好きかな?」

「え? えぇっと、いちごがすき、だよ……?」

「それじゃ、いまのさんすうの問題を、いちごの数で考えてみようか」

「うん……あ、いっこすくない」

「そう、それが答えだよ」

「あ、ありがと、おにーちゃん……」


 かなちゃんはたどたどしい口調ながらも、一歩一歩丁寧にこなしていった。

 その頑張り屋さんな姿に、俺も無性に笑みが浮かんでくる。


「できた! おにーさん、みてみてー!」

「お、どれどれ……」


 ちゆりちゃんはというと、自身満々に回答を提示して来た。

 俺は学校の先生ではないから赤マルをあげることは出来ないけれど、合っているかどうかは確かめることは出来る。


 そうして一通り彼女の回答欄を確かめて……。


「答えが一個ずつずれてるぞ」

「え!?」


 きちんと間違いを指摘する。

 ちゆりちゃんの回答は、それはもう見事なボタンの掛け違いのように回答が一つずつずれていた。

 ズレてるだけで、答えは全部合っていただけに勿体無い。


 本番のテストで、このドジが発揮されない様に祈っておこう。


「おにーさん、あまなもできたよ!」

「よしよし……」


 智由里ちゃんと入れ替わるように手渡されたプリントを確かめる。

 と、おぉ……。


「うん、全問正解だ。よく頑張ったな」

「えへへーっ!」

 

 頑張ったご褒美にと、俺はあまなちゃんの頭を撫でる。

 それに対して彼女は嫌な顔をせず、むしろニコニコと嬉しそうに顔を綻ばせた。


 そうやって勉強会は滞りなく進んでいくのだった……。

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