いやしのじゅもん


「「「「おわったー!」」」」


 勉強会を始めてからものの20分程で、小学生達は宿題を終わらせた。

 結局俺が教えた意味があまりなかった気がしないでもないが、達成感に満ちたその表情を見ていると自然に頬が緩んでしまうのは仕方が無いだろう。


 そう思っていると、あまなちゃんが顔を俺に向けて……。


「おにーさん、ありがとーございました!」


 ぺこりと可愛らしく頭を下げて感謝の言葉を述べたのだ。


「「「ありがとーございました!!!」」」


 それに続いて、はすみちゃんとかなちゃん、智由里ちゃんも同じく感謝の言葉を告げて来た。

 女子小学生4人が揃って俺に頭を下げているこの光景……。


 ──どう見ても俺のせいにされて事案が成立するやつですね、ハイ。


「し、仕事のついでだし、そんな大したことじゃないよ」

「でも、たすけてもらったらちゃんと『ありがとう』っていいなさいって、ママがいってたよ~?」


 わぁ、なんて教育が行き届いた言葉……あまなちゃんのお母さんって絶対いい母親だわ。

 ウチの母親はなんで親父は結婚したのだろうかと思えるレベルで、言動が残念だからなぁ……。

 兄妹共に性格面であの母さんに似なくて良かったよ。


 っと、思考が変に脱線してたな……。


「あ~、そういうことなら、どういたしまして」

「おしごとだいじょーぶ?」

「あぁ、思ったより早く終わったからまだ時間はあるよ」

「それじゃ、ウチからおにーさんにききたいことがあるっす!」

「はすみちゃんが俺に聞きたいこと?」


 右手を挙手して話題を振って来たはすみちゃんに聞き返すと、彼女は首を縦に振ってから口を開いた。


「おにーさんのいもーとがどんなひとかみてみたいっす!」

「っへ? うちの妹のこと?」

「しゅくだいみてもらってるときに、いもーとのことをいってたからきになってたっす!」


 他人様の妹が気になるとは、流石小学生の好奇心というか……。

 まぁ、アイツは実家から通える高校に行ってるわけだし、会う機会があるわけじゃないから大丈夫だろ。


 そう思い至った俺は、スマホを取り出して元日に帰省した時の写真を開いて小学生達に見せた。

 

「ほら、こっちの黒髪の子が妹だよ。今年高校生になったばかりなんだ」

「「「「おぉ~っ!!」」」」


 4人とも俺の妹を見て目をキラキラと輝かせていた。

 小学生達からすれば、高校生も大人に見えるから当然の反応なのかもしれない。


 俺の予想では、この4人も高校生になったらかなり可愛く育つんだろうなと思っている。

 その時までこうして交流が続くかはわからないが、もしこの子達が妹と同じ年になったら何かお祝いしたいものだ。


「おねーさんキレーだね!」

「そうだろ? ウチの母さんに似てるけど性格は全然違うんだよなぁ、これが」


 あまなちゃんの素直な感想がまた可愛らしい。

 俺自身、贔屓目に見ずともアイツは美少女の枠に入ると思う。

 小さい頃はよく後ろをくっついて来てたっけ……。

 

 なんて思い返していると、画像に映っている妹を見たかなちゃんが……。


「わぁ、おねーちゃんのおむねおーきいね……」

「──ッブ!?」


 ポツリとそう零したのを聞いてしまった俺は、思わず吹き出してしまった。

 

「え? うわっ、ホントにでっけーっす! ウチのかーちゃんよりあるっすよ!」

「アタシのおねーちゃんも高校生なのに、全ぜんちがう……」

「わぁ~、ホントだ~!」


 かなちゃんの言葉を皮切りに、他の3人も食い付いて来た。

 そして次々と明かされる非情な事実に、俺はどう答えたものか頭を抱える。


 何せ、この後に来るであろう質問に大方予想がついたからだ。


「あ、あのね、おにーちゃん。いっこだけきいてもいーい?」

「な、何かな? かなちゃん?」


 よほど緊張しているのか顔を赤くしたかなちゃんから、どう見ても不穏な予感がする尋ねられ方をされ、俺は先を聞きたくない恐怖を感じながらも続きを促す。


 許可を得たかなちゃんは、スカートをキュッと握り締めて俺と目を合わせたのちに……。




「どうしたら、このおねーちゃんみたいにおむねがおおきくなるの?」

「いや分かるわけねーだろ!?」

「ひぅっ!?」


 予想を裏切らない質問内容に、俺は相手が小学生だったことも忘れて大声でツッコんだ。

 だが、その絶叫に驚いたかなちゃんは、目に涙を浮かべて明らかに怯え始めてしまった。


「あ、いや、ついビックリして──」


 すぐ正気に戻った俺は、慌ててかなちゃんを宥めようとする。

 このまま大泣きされたら今度こそご近所に通報されるという、恐れていたことが現実になってしまう!

 そう思って立ち上がった瞬間……。 

 

「かなっちをなかすやつは、おとなでもゆるさないっすーっ!!」

「──ゴフッ!?」


 何とも勇ましい掛け声と共に、俺の鳩尾へ右ストレートが打ち込まれる。

 華麗な一撃を繰り出したはすみちゃんの手で、俺は情けないことに腹を抱えて蹲る結果となった。


 はすみちゃん……見た感じから運動系だとは思っていたけれど、やっぱり小学1年生らしく腕力自体はそれほどじゃない。


 だが技の冴えは明らかに小学生の域を越えていた。

 そのため、力が弱くとも的確に急所に打ち込まれてしまえば、今の俺のように大人相手でもダウンさせることは容易らしい。


 最近の小学生ってすごいなぁー……。


「は、はすみちゃん! かなはビックリしただけだから、おにーちゃんはわるくないよ?」

「あー、ついぜんりょくでやっちゃった……ごめんなさいっす」

「もう! ぼう力はダメでしょ!?」

「おにーさん、だいじょーぶ?」

「お……おぉ。大人なのに弱くてごめんな……?」


 かなちゃんの説得で、はすみちゃんはすぐに謝罪してくれた。

 多分、これオリンピックで金メダルを取れる右拳だよ。

 

 その時、俺はこうして鳩尾を殴られたことを思い出してお腹を押さえたりするんだろうなぁ……。


 なんて馬鹿なことを考えていると、背中を擦ってくれていたあまなちゃんが、お腹を押さえている俺の手に自分の手の平を重ねた。


 小学生だからか、俺より体温が高いということが手の甲に伝わって来る。


「あま──」

「いたいのいたいの……」


 何をと言おうとしたところで、あまなちゃんは円を描くように手を擦りだしたかと思うと……。


「とんでけ~♪」


 ニパッと満面の笑みを浮かべながら擦っていた右手を離した。

 一連の動作を茫然と眺めていた俺に、あまなちゃんはしゃがんで目の位置を合わせる。


「おにーさん、いたいのなくなったー?」


 こんなの全快にならない方が異常だわ。

 病は気から……その気を余すことなく癒したあまなちゃんのおかげで、鳩尾の痛みが軽くなったような気がする。


「……ありがとう、あまなちゃん」

「えへへ、どーいたしまして!」


 その後、腹の痛みを完全に忘れた俺は少女達と別れて、あまなちゃんの手の温もりを思い出しながらも目一杯仕事に励むのだった。  

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