運動会で頑張る! 後編



 おとうさんリレーは子供達のリレーと違い、4人1組で400mを走ることになっている。

 つまり1人あたり100mを走るわけである。

 ただ、これまでのプログラムと違って優勝争いに一切関係の無く、ただ単純に子供の前で父親が活躍する姿を見せるだけのモノだ。 


 走順等に関しては特に決められていないが、赤組と白組で別れた子供と同じ組になるように学校側が配慮されている。

 というわけで俺は白組の一員であるわけだ。

 それはすなわち、はすみちゃん達の父親とも同じチームという意味でもある。


「南さん、同じチームとして頑張りましょウ!」

「よろしくお願いします、マルクさん」


 第一走者はかなちゃんの父親であるマルクさん。

 外国人らしく俺より頭一つ分背が高い。

 娘とは比較にならない程の運動能力が秘められてそうだ。


「あの天那ちゃんの父親かぁ……思っていたよりなんか──ってワリィな」

「いえ、大丈夫ですよ。天──妻に似ていて安心です。で、確かちゆりちゃんのお父さんですよね?」

「おう。北谷尚志なおしってんだ」


 第二走者はちゆりちゃんの父親の尚志さん。

 勝気な面のあるあの子の親らしい活気に満ちている印象の人だ。

 粗野な言動が目立つが奥さんの影響で本を嗜んでいるようで、警察官として働いているとか。


 ……この人にだけは絶対、俺と南家の本当の関係を知られるわけにいかないと密かに誓う。


「子供達のように自分達も一位を取って見せましょうぞ! ガァーッハッハッハッハッハッハ!!」


 一際大きな声で笑う男性ははすみちゃんのお父さんの剛史つよしさん。

 リレーでは第三走者で、大柄な体格に見劣りしない豪快で勇ましい人だ。


 空手道場を開いていて、門下生達はもちろん娘にも護身術と称して習わせているらしい。

 夏祭りの時に出会った奥さんである夏澄かすみさんとはライバル関係だったとか、幾度もの戦闘の末に結婚に至ったとか、漫画みたいな話が聞けた。


 ふと思ったが、尚志さんと剛史さんは奥さんから俺と天梨の関係を訊いていないのか、本当の夫婦だと思い込んでいるようだ。

 こっちとしては都合が良いが、気の良い人達なので騙していることに罪悪感が拭えない。

 

 そう思う俺は何故か最終走者である。

 なんでだろうかと理由を窺ったところ、娘達から練習に付き合っていたことを聞かされていたらしく、であれば期待出来るということだ。

 そんな期待を向けられても比例してプレッシャーが重くなるだけです。

 

 そのまま言えるはずもなく、俺は最終走者の列に並ぶ。

 耳をすませば周囲は子供達が自分の父親へ声援を送っているのが聞こえて来る。


 それを聞いた父親達といえば各々でやる気を漲らせており、特に俺の隣にいる相手の気合が凄まじい。

 だってどう見ても陸上経験者ですって感じのユニフォームとバイザーを身に着けてるもん。

 茉央の言う通り、エキシビションマッチといえどガチになる親がいたんだなぁ。

 ナイスの靴……買っておいて良かった。 


 なんて感謝を浮かべていると、いよいよおとうさんリレーがスタートする。 


「位置について、よぉーい……」


 ──パァーンッ!


 ほとんど同時に駆け出した第一走者の中でも、フィジカルに恵まれているマルクさんが早い。

 というかあの人本気だわ。

 他のお父さん達がびっくりしてる。


 まぁ一口におとうさんリレーといっても子供の父親の年齢は一定じゃないし、学生の頃と比べると運動能力が落ちている人もいるだろう。

 けれども事前のやる気の差が勝負を分けるのは違いない。

 少なくともマルクさんは最初から本気だからこそ、スタート時点で後続を生み出しているのだ。

 

 そう感心している間にもマルクさんは100mを走り切り、第二走者の尚志さんにバトンを渡す。

 

 尚志さんは警察官らしくかなり速い。

 この辺の治安が良いからと、怠けずにいざという時のための運動は欠かさずこなしていた証拠だろう。

 

 あの速さではひったくり犯も簡単に引き離せない。

 そんなわけであっという間に100mを走り切った尚志さんから、剛史さんは力強くバトンを受け取る。

 

 例に洩れず空手で鍛えた足腰を活かした速い走りを見せていく。

 後続の父親達との距離は離れて行く一方だ。

 これ、練習をしたり靴を買う必要あったか……?

 なんか圧倒的過ぎてそんな疑問が浮かんで来たぞ。

 

 赤組と白組にさえ別れていれば人選や走順に制限はないとはいえ、このパワーバランスはおかしいだろ。

 苦笑する他ない呆れを感じていると、いよいよ俺の番が回って来た。

 

 走れるように姿勢を整え、後ろに手を回してバトンを受け取る構えを取る。

 剛史さんは止まらずバトンを渡そうと腕を上げて……。

 

「ほれっ!」

「いっったい!?」


 何とかキャッチ出来たものの、剛速球を受けたキャッチャーみたく手の平に痺れるような痛みが走った。

 落とすミスこそしかなかったが、若干スタートが遅くなってしまう。

 

 だが俺もあまなちゃん達と同じく三弥からの練習メニューをこなしてきたんだ。

 動揺を抑えて一気に駆け出す。

 

 茉央から勧められた靴は本当に走りやすい。

 おかげで足がとても軽く感じる。

 このままいけば余裕綽々しゃくしゃくで1位になれる……なんて思考はすぐに消え去った。


 何せガチの人が後ろから追い上げて来ているからだ。

 本場の選手といっても過言でもない速度は脅威以外の言葉が見つからない。

 言っている内に背中に付かれている……もはや抜かされるのも時間の問題だろう。


 普通だったらその気迫に押されて足が竦む。

 


 ──けれどな。



『ここまでやったんだから1位以外になったら今度こそ絶好よ?』



 ──アンタがガチになって走ってるように……。



「──和さん!」


 

 ──もしかしたら初めてなくらい……。



「──おにーーさーーん! がんばれーー!」



 ──『本気マジ』になって走ってるんだよ、俺はぁっ!!!!



 明暗を分けたのは何だったのかは分からない。

 執念の差で言えば互角……むしろ劣っているかもしれないが……。


 強いて言うなら、背中を押された手の数の違いだろうか。

 何はともあれ迫り来る相手に抜かれないまま、俺はトップを死守して1位になった。


 走り終えて息を整える俺の耳に、称賛を送るアナウンスや会場の歓声は全く入らない。

 

 だって……全身で跳ねて喜びを表している小さな女の子の笑顔を見て、今までに感じたことのない満足感に全神経が向けられていたのだから。

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