運動会で頑張る! 中編



 あまなちゃん達がリレーで一位になったことで白組が先制点を取った。

 続く男子のリレーでも大地君の活躍によって連続点を獲得していく。


 控え場所に戻った際、遠目でも彼があまなちゃんに褒められて嬉しそうにしていたのが分かった。

 実に初々しい限りだ。


 そうして一通りのプログラムを終え、白組が優勢の状況で運動会は昼休憩の時間となった。


「ママ! おにーさん! あまなたちリレーでいちばんになったよ!」

「えぇ、しっかりと見てましたよ」

「よく頑張ったな、あまなちゃん」


 学生の待機場所からあまなちゃんは真っ先に俺と天梨の元へ駆け寄って来て、リレーの成果を意気揚々と報告してくる。

 

 宣言通り一位になった姿を称賛すると、愛らしい笑みはさらに輝きを増す。

 うん、可愛い。


「さて、今日のためにお弁当には天那の好きな物をたくさん入れましたので、一杯食べて下さいね」

「ふわぁ~! ママ、ありがとー!」


 天梨が作って来た弁当にはピーマンの肉詰めやタコさんウィンナーといった、子供が好きそうな内容になっている。

 大人の俺から見ても実に美味しそうだ。


 あまなちゃんは箸でピーマンの肉詰めを摘まんで頬張る。

 モグモグと咀嚼して飲み込み……。


「おいしー!」

「ふふっ、ありがとうございます」


 娘から満面の笑みで素直な感想を述べられ、天梨もつられて笑みを浮かべる。

 だし巻き卵も美味い……おとうさんリレーは昼休憩後から三番目なので、しっかりとエネルギーを貯めておきたい。

 

 そうして天梨が作った弁当に舌鼓を打っていると。


「スミマセン、南さんのご両親ですよネ?」

「へ?」


 不意に見知らぬ男性に声を掛けられた。

 短く切り揃えられた金髪に穏やかな青い眼……どこからどう見ても外国人だ。

 

 しかし、なんつー尋ね方して来るんだろうか。

 一緒にいるからあまなちゃんの父親だと思われてるよ。

 ……まぁおとうさんリレーに出るんだから、その勘違いは本番に支障をきたさない予防線にはなるか。


「そ、そうですけど……」

「──っ!?」


 ひとまずこの場をやり過ごすべく、賛同の返事を返した。

 すると天梨が大きく肩を揺らしたのが分かった。

 

 ゴメン……後で謝るから今だけ許して我慢してくれ。

 内心そう謝罪している間に、男性は嬉しそうに微笑みながら俺の手を取る。


「Ohやっぱり! ボクは、カナの父親で東野マルクと申します!」

「あーっ、かなちゃんの!」


 言われて納得する。

 かなちゃんの髪が金髪だからハーフなのは何となく分かっていたが、父親の方が外国人だったのか。 

 夏祭りの花火大会では仕事の都合で顔を合わせなかったけど、運動会には来られたようだ。


 イントネーションに違和感はあるが、日本語は問題無いようでちょっと安心する。

 英語あんまり得意じゃないんだよなぁ。


 なんて考えていると、マルクさんは腰を曲げて頭を下げ出した。


「いつもカナがお世話になってまス」

「い、いえいえ。かなちゃんはあまなちゃ──の友達ですし、仲良くしてもらってありがたいのはも同じですから」

「では父親同士、これからもよろしくお願いしまス」

「あ、あははは……」


 危うくボロを出しそうになったが、我ながら上手く繕えたと思う。

 挨拶が目的だったマルクさんは話を終えると奥さんとかなちゃんが待っているからと去って行った。

 その背中を見送りつつ、一難去ったことに安堵する。


「悪いな天梨。変に勘繰られるよりマシだろうって思って勝手にあまなちゃんの父親を騙ったりして……」


 驚かせてしまっただろう天梨にそう謝るが、何故か彼女は目を丸くして俺を見ていた。

 心なしか顔も赤い気がする……。  


「天梨?」

「──ッハ!? あ、えぇっと、だだい、大丈夫、です! 気にしてませんから!」


 再度呼び掛けてようやく反応が返って来た。

 少し慌てているようだが、本人が気にしていないって言うなら大丈夫そうだ。


「そっか。勝手言って怒らせてなくて良かっ──いぃっだいっ!? なんで脇腹をつねるんだ!?」

「さぁ? ご自分の発言をしっかりと振り返ってみてはどうでしょうか?」


 急に不機嫌になった天梨から攻撃された理由を尋ねるも、顔を逸らしながら素っ気なく返されてしまう。

 いや本当になんで怒られたの俺……?


 勝手にあまなちゃんの父親を騙ったから?

 でもそれはさっき気にしてないって言っていたよな?


 ダメだ、わからん……。


「ママ、どーしておこってるの?」

「怒っていません」

「でもおかおム~ってしてるよ?」

「天那も大きくなったら分かるようになりますよ」


 機嫌を悪くした要因の俺が近くにいるためか、娘相手にも頑なに理由を話そうとしない。

 う~ん、どうやったら機嫌を直してくれるんだろうか……。

 変に言葉を投げ掛けても意味が無さそうだ。

 

 どうしたものか頭を悩ませるが、まるで正答が見えない。

 茉央のこともそうだったが女心はさっぱりだ。


「あまな、おてあらいにいってくるね!」

「はい、いってらっしゃい」


 腕を組んで考えている内に、あまなちゃんはそう言って離れて行った。

  


「……和さん」

「ん? なんだ?」


 天梨から声を掛けられる。

 顔を向ければまだ不機嫌ではあるものの、彼女はどこか不安気な表情を浮かべていた。


「以前に相談された相手の方とはどうなったんでしょうか?」

「あ……そういえば言ってなかったな。まぁ結果としてはそもそも好意自体が勘違いで、問題無く仲直り出来たよ」

「勘違い……?」


 相談に乗ってもらったのに報告が遅くなってしまったが、結果を簡潔に伝えたところ何故だが天梨は眉を顰める。

 

「そんなはずは……でもやはり、そういうことなのでしょうか……」

「天梨? 考え込んでどうしたんだ?」

「ぇ、っ、その、つまり和さんは結局恋人が出来なかった、ということでよろしいんですか?」

「好意を向けられてるって自惚れていたのがよろしかったのかはともかく、まぁ依然として独り身のままだよ」


 仮に茉央の好意が本物だったとしても断っていたけどな。

 なんてありもしないたらればが頭を過るが、報告を聞き終えた天梨はというと……。


「そう……ですか……」

「……?」


 よく分からないが安心したような面持ちを浮かべる。

 それからの彼女は不機嫌だったのが嘘のように穏やかな様子で、戻って来たあまなちゃんも母親の変化に首を傾げるしかない。

 

 そんな天梨に疑問を感じつつも、ついに運動会のプログラムはおとうさんリレーの番となったのだった。

 

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