運動会で頑張る! 前編
10月下旬。
太陽の光がこれでもかと照らして来る快晴日和の元、あまなちゃんが通う小学校で運動会が開催していた。
今さらだが運動会では赤組と白組に分かれて点数を競い合う形だ。
あまなちゃん達は同じクラスなので白組になったという話を、練習中に聞いたことがあった。
思えばここの小学校に来るのは授業参観のいざこざで天梨を送った時以来だが、本当の意味で足を踏み入れたのは今日が初めてだ。
だからといって大手を振って歩けるかと言われれば大間違いである。
むしろ周囲の大人は教師か在学生の近親者ばかりで、場違い感が半端ない。
多分俺だけだよ、生徒の友達枠で来てる大人って。
天梨と一緒に来てなかったら普通に事案だったよ。
でもって受付担当の先生から『南家の大黒柱』扱いもされた。
いや不審者と思われて通報されるよりはマシだけど、後で実は歳の離れた友達ですって言い辛い。
少しでも不自然な言動をしたら即お縄に着かされそうな、敵国に侵入したスパイみたいな心境だ。
本職の人が知ったら怒られるだろうけど、それが一番近い感じだった。
「和さん? ボーっとしてますけど大丈夫ですか?」
「え、あぁ大丈夫。母校じゃない学校に入るのが初めてで緊張してるだけだ」
「実は私も……天那の運動会に来るのは初めてです……」
「なんで……あぁ仕事の都合か。今回は授業参観みたいにならなくてよかったな」
「ええ。黛さんが手を回してくれたそうで、存分に応援して来てと背中を押されました」
黛さんってあのムキムキオネェさんか。
何でも天梨があまなちゃんの晴れ姿を見れていないことを気に病んだらしい。
具体的な手順に関しては天梨も知らないようだが、誰だってあの厚化粧と筋肉に詰め寄られたら怖いに決まってる。
軽くトラウマになってもおかしくない。
きっと怖い思いをしたであろう上司さんの安寧を祈りつつ、俺達は観客スペースへと移動する。
既に他の人達が居る中で、何とか校庭が見えやすい位置に腰を降ろす。
「これから開会式だよな?」
「はい。そこから1年生のリレーが始まるみたいです」
「ってことはあまなちゃん達がスタートを飾るわけか」
「ええ。録画の準備はバッチリです」
そう言いながら天梨はスマホを構え出した。
ヘタなカメラより軽くて綺麗に映るからか他の保護者達も同じように構えている。
俺が録画しないのかって?
ここにいるだけでも奇跡みたいなもんなのに、そんな不審なマネしたら捕まるわ。
目に見えてる危ない橋は渡らない。
なんて自己注意を心の中で促している間に開会式が始まった。
少子化の影響で在学生の全体数が低下の傾向にあると何となく把握していたが、自分が小学生だった頃に比べると確かに少ないと思う。
それでも校庭に並ぶ子供達の笑顔は一切の憂いを感じない。
特に……真っ先に見つけたあまなちゃんは、練習の成果を見せようと気合の入った面持ちだ。
校長の挨拶に続いて6年生による選手宣誓が木霊する。
そうして開会式が終わるや否や、第一競技である1年生の200mリレー走の準備アナウンスが掛かった。
リレーに出る1年生達の中に、あまなちゃん達の姿を見つける。
それぞれの走順に並ぶ前に、4人は手を重ねて円陣を組み出す。
一斉に手を上げて互いの健闘を祈り合う様子は、周囲の生徒や保護者の目を引きつけていた。
運動会前の最後の練習の時に、あまなちゃん達に気合を入れるための儀式と教えたのだ。
その甲斐あって、4人に緊張の色は感じられない。
白線で分けられた4つのレーンに着き、小学生達はスタートの合図を今か今かと待ち構える。
第一走者ははすみちゃんだ。
走順は三弥の指導の元、最初に距離を稼ぐために運動能力が高い彼女が選ばれた。
「位置について、よ~い……」
──パァーンッ!!
「「「「──っ!」」」」
みんなスタートと共に一気に駆け出す。
が、やはり同年代の女子と比較して圧倒的なはすみちゃんは早くも後続との距離を離していく。
以前から速かったが、俺と三弥の練習によってさらに磨きが掛かっている。
その姿には上級生はもちろん彼女を知らない保護者達も注目していた。
もしかしたら未来のオリンピック選手になるかも……そんな淡い期待が手に取るようにわかる。
「ちゆっち!」
「まっかせなさい!!」
瞬く間に自分の50mを走り切ったはすみちゃんは、第二走者であるちゆりちゃんにバトンを渡す。
自信満々なあの子らしい言葉に思わず頬が緩む。
ちゆりちゃん自身ははすみちゃん程では無いにせよ、基本水準を悠々と越えられる記録を出している。
まぁ彼女の場合はドジによるバトンパスのミスが無いかという不安が大きかった。
本番でそんな失敗をしたら目も当てられない。
それを未然に防ぐべく、ちゆりちゃんにはバトンパスの練習を多めに積ませたのである。
結果は
「かなちゃん! がんばって!」
「う、うん!」
はすみちゃんが稼いだ分もあってちゆりちゃんは誰にも抜かれることなく、第三走者のかなちゃんへバトンを移す。
キャッチだけでなくパスも危うげなくこなせたことに、ホッと胸を撫で下ろした。
かなちゃんは4人の中では運動能力は高くない。
しかしそれは伸び代の多さをも兼ねているため、練習を通して一番成長したとも言える。
その証拠に遅かったタイムはしっかりと縮んで、女子小学生の平均値以上になっているのだ。
だがここで後続が追い付いて来る。
どうやら後半に速い子が来るような走順みたいで、かなちゃんの付け焼き刃な走力では簡単に距離を詰められてしまう。
それでもかなちゃんは一生懸命に走る。
クラスメイトやあまなちゃん達のために、大人しくて引っ込み思案なあの子は必死に前だけを見て走り続ける。
やがて後続していた女子がかなちゃんと並び出す。
けれども本人の表情に憂いは一切無い。
何せ……。
「あ、あまなちゃん!」
「はいっ!」
最終走者のあまなちゃんにバトンを繋いだのだから。
タイミング的には相手とほぼ同時……この先は最終走者同士の純粋な走力勝負だ。
でも俺も天梨も……はすみちゃんとちゆりちゃんにかなちゃんも、あまなちゃんの勝利を微塵も疑わなかった。
どれだけ練習を頑張っていたのかを知っているから。
俺達に一番になると宣言していたから。
今はまだ小さな体のあまなちゃんは、重ねて来た努力を望んだ結果へ繋ぐために足を動かす。
その速さはスタート時には並んでいた相手を離して行く程だ。
そうしてリレーの結果は……言うもまでもないだろう。
あまなちゃん達は見事一位を獲得したのだ。
大勢の生徒が活躍する運動会では、この一位はそこまで大きな影響はない。
けれども、あの子達の頑張りを間近で見ていた俺には、どの一位よりも輝いて見えた。
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