【番外編】 あけましておめでとーございます!



 ──令和2年1月1日。

 

 年号が変わって初めての元旦。

 新年早々だというのに老若男女問わず近所の神社には大勢の人が訪れていて、寺に勤める神職の人達は行列の整理に忙しない状態だ。

 もちろんと言うべきか、俺はあまなちゃんと天梨の2人と共に初詣に来ている。


「ひとがいっぱい!」

「そうですね。はぐれないようにしっかりと手を繋いでおきましょう」

「はーい! おにーさんもいっしょだよ!」

「そうだな、ほれ」


 あまなちゃんを間に挟む川の字で3人で手を繋ぐ。

 手袋越しとはいえ、小さな手でも一生懸命握ろうとするのが伝わって来る。


 去年は仕事で初詣どころじゃなかったけど、1年で自分の生活がこうも変化するとは思ってもみなかった。

 過去の俺に『働くだけで退屈だった日々が、たった1人の女の子と出会っただけで学生時代以上に楽しくなるぞ』なんて言って信じられるだろうか?


 ……俺はロリコンじゃないって自分に罵倒されそうな気がしないでもないな。


 なんて馬鹿馬鹿しいことを考えている内に、列は進んで行って鳥居が見えて来た。

 

「さて、天那。参拝をする際の手順を披露するので真似をしてくださいね」

「うん!」

「了解」

「和さん……」


 あまなちゃんに続いて返事をしたため、参拝の礼儀作法を知らないことが天梨にバレてしまった。

 今まで何となくでやってたから、この機会に覚えようと思ったんだが呆れられてしまったようだ。


 二度とこんなことがないようにするのでご教授お願い致します。


 ともかく、手水舎ちょうずやで順序で手を清めて、拝殿にある賽銭箱にお金を投げ入れようとすると突然天梨に腕を止められた。


「お賽銭は神様へのお供え物です。身に付いた厄を祓うためにも投げ入れずそっと入れて下さい」

「……今まで罰当たりだったんだなぁ、俺」


 真剣な眼差しで告げられた作法の理由に、呆れる他ない。

 金額をいくら増やそうが、不敬な態度を取る奴は厄が祓われるどころか福が訪れないのも頷けた。


 あまなちゃんがお賽銭を入れやすいように抱き抱える。

 高い高いをされた経験が少ないためか、凄く嬉しそうだ。


 いよいよお祈りの時だがその前に鈴を鳴らす。

 

 そして二拝二拍手一拝。

 一挙手一投足を丁寧にこなし、祈願の前に無事に新年を迎えることが出来た感謝を捧げる。

 確かにお礼も言わずいきなり願い事を口にされたら、神様でなくとも不快に決まってるよな。

 

 願い事は1つだけにしておくのが基本とされているようだ。

 そう天梨から聞いた時、俺が祈願したいことが定まった。 


 ──あまなちゃんが健やかに過ごせますように。


 自分のことばかりだった今までと違い、一切の邪念もなくそう思える。

 きっとあまなちゃんのことだから、自分の知っている人達の健康を願っていそうだなとも思う。

 

 祈願が終われば来た道を戻り、参拝終了となった。


「お疲れ様です」

「キッチリやるとなると、意外に気を張っちゃうな」

「ママ! あまな、ちゃんとできてた?」

「ええ、バッチリです」

「わぁーい!」


 俺から見てもあまなちゃんはしっかり出来ていた。

 その頑張りを称えるために頭を撫でると、嬉しそうに笑みを向けてくれる。

 可愛い。


「あれ? なんだかいいにおいがする?」

「これは……ぜんざいを売っているようですね」


 天梨が向けた視線の先には、巫女さん達がぜんざいを売っていた。

 この寒さで冷えた体を温めるにはちょうどいい。


 せっかくだからと3人分を買い、火傷しないように注意しながら汁をすする。

 小豆の甘さと風味が口の中に広がり、内側からほんのりと温まって来た。


「おいしー!」

「だな。風情があってなおさら美味く感じる」

「これにお餅を加えてみるのも良いですね」

「おおっ、それいいな」


 天梨の手作りとなれば、このぜんざい以上の美味しさを期待出来るだろう。

 彼女に胃袋を掴まれている身としては、正月の楽しみが増える思いだ。


「あ、おにーさん! ちょっとかがんで!」

「ん~? いいぞ」


 不意にあまなちゃんに呼び掛けられ、言われるがまま目線を合わせるようにしゃがむ。

 すると、あまなちゃんは手袋を外した両手を俺の頬に添え出した。


 小さい手の平からは、子供特有の柔らかな温かさが伝わって来る。

 寒さで頬が冷えているのも手伝って、その温もりは非常に心地良い。


「あまなちゃん?」


 嬉しいは嬉しいが行動の真意が見えず問いかけると、あまなちゃんは満面の笑みを浮かべて……。


「ぜんざいのおかげであったかくなったから、おにーさんにポカポカのおすそわけするの!」

「──っ!」


 ぜんざいとは比べ物にならない圧倒的な早さで体から寒さが吹き飛んだ。

 着ているコートが必要ないのではと思えるレベルだった。

 

 え、なにこれすごくない?

 新年早々こんな幸せなことってある?

 お年玉いくらでもだしちゃうぞ?

  

「ママにもおすそわけ!」

「~~っ!?」


 そしてあまなちゃんは天梨の頬にも両手を添えた。  

 一瞬で顔が真っ赤になった様子から、俺と同じ状態だろうと察する。

 

 やがて落ち着いたのか冷静になった天梨はあまなちゃんをまっすぐ見据えて……。


「天那……お年玉をあげましょう。帰りに欲しい物を教えてくれればそれも買いましょうか」


 天梨さんが溺愛モードになった……。

 大の大人2人をこうも骨抜きにするとは……相変わらずあまなちゃんの優しさは留まることを知らないようだ。


「そうだ、俺もお年玉をあげるよ」

「わぁっ! ママ、おにーさん、ありがとー! ちょきんしてだいじにする!」


 ちょうど良い流れなので、俺も便乗してお年玉を渡したのだが、返しが欲に塗れてなくて眩しい。

 受け取ったあまなちゃんは嬉しさを隠さずお礼を返し、その金額は1万に達していた。


 俺達からだけでこの金額なら、亘平さん達からもらえる分も足したら倍にはなるんじゃないか?

 むしろ亘平さん1人で諭吉さんを渡しかねない。


 容易に想像出来る光景を浮かべながら、最後におみくじを引くことになった。


 早速結果を見てみると【大吉】と書かれていた。

 新年さら幸先が良いなぁ……。


 金運は『現状維持』、仕事運は『研鑽積むべし』……恋愛運は『結ばれた良縁を離すな』か……。

 結ばれているかはともかく、あまなちゃんと天梨の2人との絆はおみくじに言われるでもなく大事にするに決まってる。

 自分の身よりも大切だと言っても過言ではない。


 ……が、健康運に『無理をせず身体第一』とあった。

 誰よりも先におみくじから釘を刺されるとは……少し頬が引き攣る思いだ。


「ママ、これなんてよむの?」

「大吉ですね。私も同じです」

「ママといっしょ!」

「あ、俺も大吉だぞ」

「おにーさんも!? みんなおそろいだ!」


 3人揃って大吉だと知り、あまなちゃんは幸せで堪らないといった風に可愛らしく目を丸くする。

 そして、そのまま俺達の手を握って再び川の字で並んで歩く。

 足取りは浮き足立つように軽く、でも危なげなくしっかりと踏み締める。


「ママ、おにーさん! ことしもよろしくね!」


 そう朗らかに笑うあまなちゃんと共に、俺は新しい年の始まりを実感するのだった。

  

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