本当のこと



 和が仕事を終えたのは午後7時過ぎ。

 早朝から勤務に従事した分早く終わることが出来た。


 夕食はコンビニで買ったおにぎりですぐに済ませ、天梨の迎えに向かう。

 事前に連絡していたのもあって、天梨はマンションの駐車場で待っていた。 


「──こんばんは、早川さん」

「こんばんは、天梨。準備は出来てるみたいだな?」

「はい。もう、覚悟は出来ています」


 土曜の語らいから日曜を挟んだ間、天梨は天那に全てを包み隠さず話す決意を固めていた。 

 表情からそれを察した和は、それ以上踏み込むことはせず車の助手席に乗るように促す。

 彼女は拒否することなく応じ、シートベルトを留めたことを確認した和がアクセルを踏んで車を走らせる。


「天那はどうですか?」

「日曜にメッセージで報せた通り、一応冷静にはなっているよ。昼に黒音に様子を聞いてみても同じだった」

「そうですか……」


 天梨の問いに和は安心させるように丁寧に返した。

 その言葉を聴いた彼女はホッと息を漏らす。


 仕事中も天那の様子が気掛かりだったようだが、和からすれば天梨に対しても同じ気持ちだ。 

 土曜の時には大きく取り乱しており、自分との会話で多少持ち直したところまでは確認していた。


 しかし、その後に思い詰めて自身を追い込まないか心配だったのだが、彼女は上手く心のモヤを処理出来たのだと知り安堵する。


 会話も程々に車は和が部屋を借りているアパートに到着した。


 これから天梨は部屋の中にいる天那と対面して話をするのだが、その入り口である玄関先のドアノブに手を掛けたところで彼女の動きが止まる。

 その口元はキュッと固く閉じられており、手も微かに震えているようでもあった。  


「……」

「緊張してるのか?」

「当たり前です……また拒絶されたらと思うと気が気でありません」


 問いに対し解り切っているだろうと言外に告げる物言いは、嘘偽り無い本心だろう。

 いくら覚悟を固めたといえど、天那側から天梨の話に耳を傾けるのかどうかは不明なままなのだ。


 そんな状態で一方的に話を切り出していいものか……とどのつまり彼女が躊躇っている理由はそこである。


 もちろん、和もその憂いは察していた。

 

「大丈夫。あまなちゃんならちゃんと天梨の話を聞いてくれるよ」

「……っ」


 だからこそ、天梨の背中を押す。

 それは2人が親子として過ごして来た絆を信じているが故の言葉だった。

 

 他の誰でもない彼の言葉に、天梨は揺らいでいた心を確かに持ってドアを開ける。 

 

『あ、アニキが帰って来たみたいだよ』

『あまな、おにーさんにおかえりなさいしてくる』


 リビングから微かに聞こえた話声と共に、廊下へと天那が出て来た。

 和を出迎えようと視線を玄関に向けて天梨の姿を目にした途端、一瞬目を丸く見開いて硬直する。


「天那……」

「マ──っ……ぁ……」


 天梨の呼び掛けに対し普段通りに『ママ』と言いかけ、天那は言葉を噤む。

 本当の親子ではないと知ったため、そう呼んで良いのか迷ったのである。

 少なくともこの場から逃げ出そうとしないため、聞く耳を持たないわけではないようだ。


 それだけでも天梨は安堵の息を吐くのだった。

 

 =====


 玄関や廊下で話すわけにもいかないため、リビングへと場所を移して話を始めることになった。

 和が天那の隣に座り、その対面に天梨と黒音が座るという席順である。


 早速話を……というその前に天梨は天那に向けて頭を下げる。


「──ごめんなさい」

「え……」


 その謝罪に、天那は瑠璃色の瞳を大きく見開いて絶句する。

 まさか天梨の方から謝られるとは微塵も思っていなかったのだ。


「ウソはいけないことだと言っておきながら、私自身が天那に自分が母親だとウソをついていたことは事実です」

「──っ」


 改めて突き付けられる事実に、天那の表情は悲痛に歪められる。

 

「ちょ──」


 咄嗟に黒音が口を開こうとするが、それを和が手の平を向けて制止した。

 何故止めないのかと睨む妹に、和は無言で首を横に振るだけで何も語ろうとしない。 

 その間にも天梨の言葉が淡々と続けられる。


「天那からすれば裏切りと同然です。そんな私を責めるのも嫌うのも当たり前のことです」

「……」

 

 対する天那は何も言えないままだった。

 彼女だって謝りたい気持ちは同じだ。

 しかし、天梨が語ったことも紛れの無い天那自身の心境でもあるため否定が出来ないのである。


 言い淀む天那の様子に天梨は胸が痛む思いを抱えながらも続ける。


「ですから……」

「?」

「せめて、本当のことを話すつもりです」


 そう言いながら天梨はカバンからあるものを取り出して、テーブルにそっと置いた。

 3人はよく見えるように身を乗り出して確かめる。


「これは……」

「写真?」


 黒音が呟いたように、それは1枚の写真だった。

 

「パパと────え?」


 写っているのは人数は3人で、1人の男性──天那の父親を挟むように2人の女性が佇んでいた。

 そして後の2人を見た瞬間、天梨を除いた全員が言葉を失くす。


 写真に写る女性の片方は天梨だった。

 そして、その彼女の反対側の人物こそが天那の本当の母親であり……。


 「──そういう、ことかよ……」


 和が眉を顰めて何とも形容し難い納得を口にする。

 天那の本当の母親が誰なのかはもちろん、何故その父親と交流があるのか。

 何故天梨が彼女を引き取って育てていたのか……その答えがこの1枚の写真で示されたからだ。


「──私は天那の本当の母親ではありませんが、

 

 動揺を隠せない3人に、天梨はゆっくりと写真の詳細を告げる。




















「──


 伯母──つまり、天梨はもう1人の女性の姉ということである。

 だがしかし、和達が驚いたのはそこだけではない。

 その女性の容姿に対して驚愕を隠せないのだ。


 何せ……。













 ──その女性は、天梨と瓜二つの顔立ち…………すなわち双子だったのだから。

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