引っ越しまでの凌ぎ方
火災の原因はコンセントがショートした際に、火花が絨毯に引火したことらしい。
不幸中の幸いというべきか、火の手が小さい内に119番で消防署に連絡したため、死傷者は出ずアパートの全焼も回避出来た。
が、それでも10部屋中3部屋が焼け落ち、1部屋が半壊という被害だ。
俺が住んでいた部屋までは燃えなかったが、こうなっては修繕が済むまで同じ部屋で過ごせないのは明白だろう。
そこで大家さん──御年73歳──から損壊に関する話が挙げられた。
こういう時は色々賠償やら補償が発生するが、その辺りは詳細を省く。
意図して発生した火事ではないので、大家さんが加入している火災保険が適用される。
結果、俺達に対して家財の補償は支払われるらしい。
そのまま建物も修繕して元の鞘に収まる……かと思いきや、大家さんからある話を打ち明けられた。
なんでも、息子夫婦から年齢を理由にアパートの大家を辞めて一緒に住まないかと、以前から声を掛けられていたらしい。
大家さんは住民の生活を考えて断っていたそうだが、今回の火事が起きてしまった。
元々加齢に伴う衰えによる管理の厳しさ、アパートの老朽化による耐震性の不安を感じていたとか。
仮に立て直そうにも、一部損壊で済んだとはいえ修繕費がそれなりに掛かってしまう。
ならば今回を機にいっそ解体しようかと考え、ここが潮時と踏んだようだ。
1人暮らしを始めた頃から住んでいたので名残惜しさはあるが、そんな事情があってはこっちも無理を言えない。
そんなわけでアパートの解体が決まり、俺含む住民達は全員解約となった。
ひとまず夜風を凌ぐべく車の中に入り、今後のことに思考を張り巡らせる。
残念なことに火事のせいで帰る家が無くなってしまった。
それに新居が見つかるまで寝泊まりする場所も確保しないといけない。
そういう時は役所に市営住宅を仮住まいとして手配してもらう必要がある。
俺は実家に帰れば大丈夫とその場では断ったのだが、思えば火事に遭遇したことで混乱していたのかもしれない。
何せ実家に帰ろうにも職場と距離が2県くらい離れており、高速道路を使ったとしても片道だけで1時間近くは掛かる。
たまに泊まりに来る黒音みたいに車じゃなくて電車でも良いんだろうが、生憎と終業時間の遅い配送業では終電に間に合わないかもしれない。
結果的に通勤時間に睡眠時間が潰される形になる……あまり得策じゃないな。
次のホテルやネットカフェを利用する場合、通勤時間はいつもと変わらないものの、一泊ごとの消費金額が侮れない。
貯金はあるにはあるが、新しい部屋を見つけてからも安定して生活するに、出費を抑えておくに越したことはない。
単に寝るだけなら安く済むだろうが、そうすると風呂や食事の問題が出て来る。
別段潔癖症ってわけではないが、入浴は毎日しておきたい。
この期に及んで贅沢な考えであっても、配達業故に人と相対する機会が多いので、清潔を保っていたいというある種の職人意識だ。
食事に関しては……昼食以外は惣菜やコンビニ弁当で済ましている。
それでも環境による心境はだいぶ変わるだろう。
ただでさえ訪れてしまったホームレス生活に、余計なストレスが重なるのは明らかだ。
マジで何をやってんだ俺は……。
自分の馬鹿さ加減に呆れるしかない。
だが後悔しても遅い。
それよりもこれ以上現状を悪化させないために、仮住まいをどうするか考えるんだ。
ケチな面と贅沢な面が脳内で睨み合いを利かせる中、辿り着いた結論は……。
「──基本は車中泊。風呂は銭湯で済まして、食事は普段通り。これしかないか」
当然、一生そのままでいるつもりはない。
あくまで新居を見つけて定住するまでの仕方のない選択だ。
現在のホームレス同然の状況から一刻も脱却するために、時間がある時は部屋探しに専念するしかない。
そう決意した後、運転席の後ろに倒して毛布を被って寝付く。
こういう時は過去の配達で車中泊をした経験が活きて来る。
決して褒められた経験ではないだろうが、一時凌ぎとしてはこの上ないくらい助かったのも事実だ。
幸先の見えない明日に一抹の不安を感じつつ、俺は眠りに就くのだった……。
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──翌日。
「おはようございます、和さん」
「おはよう、天梨」
「今日も無理せずに頑張って下さい」
「いつもありがとうな」
出勤前、完全に恒例と化した天梨特製の弁当を受け取る時間だ。
これがあるから食事面での不安は大きくないとも言える。
夢に出て来たように、あまなちゃんとの出会いから非常に助かっていることの1つだろう。
「ふわぁ~……」
そんな実感を噛み締めていたら、つい欠伸を出てしまった。
慌てて口を閉じて繕うも、今まさに目の当たりにしていた天梨の目が少し心配するような眼差しになっている。
「お疲れですか?」
まぁそう来るよなぁ。
あまなちゃんの育て親の天梨が、こうして手作り弁当を渡す程の相手である俺の些細な行動に気付かないわけがない。
経験があるからといって、車の座席で取れる睡眠の質なんてたかが知れている。
加えて寝付いたのが午前3時半頃……普段の起床時間が7時だと思えば、まともに眠る方が難しい。
正直に言えば欠伸をしたように今も眠かったりする。
こちらの体調を慮ってくれる彼女の心配はとてもありがたいと思うが、弁当の件で世話になっているだけに火事に遭って寝床を失くしたなんて言って、余計な心配は掛けられない。
これはあくまでも俺自身でどうにかすることだ。
弱音を飲み込み、心配を掛けないように笑みを浮かべて答える。
「……ちょっと眠いだけだ。心配しなくても仕事が終わったら早めに休むようにする」
「そう、ですか……。さっきも言ったように、あまり無理はしないで下さいね」
「……あぁ分かってるよ」
返答を聴いた天梨は一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐに苦笑しながら言葉を重ねた。
隠した後ろめたさにチクリと心が痛むものの、平静を装って返事をする。
申し訳なさしかないが、これ以上心配させないためにも早く新居を見つけないとな。
そうやるべきことを再認識し、出勤のために車へ向かうことにした。
「それじゃ、そろそろ行くよ」
何となく顔を見られたくなくて、目を逸らしながらも別れを告げる。
天梨がどんな表情を浮かべていたのかは分からない。
それでもと後ろ髪を引かれる思いを払いつつ、車を走らせる。
空き時間にインターネットで不動産情報を調べたものの、目ぼしい部屋はその日の内に見つからなかった。
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