目立つに決まってました



 眠気と戦いながら今日の配達分を終えた。

 事故も無く済んだが、新居を決めるまでこれが続くのかと思うと憂鬱になる。

 

 手遅れになる前に早く部屋を見つけないとなぁ。

 そう考えながら着替えて更衣室を出た途端……。


「おい和!」

「三弥?」

「慌ててどうし──」

「ちょっとこっち来い!」


 先に戻っていたのか私服姿の三弥が何やら只事ではない雰囲気を匂わせながら声を掛けて来た。

 何か怒らせるようなことをしただろうかと考える間もなく、乱暴に手を引いて来る。

 

「ちょちょ、いきなりなんだ!?」


 たたら踏みながらもコケないようにバランスを保ち、理由を尋ねるも答えは返って来ないまま休憩スペースにまで連れられた。

 

「ご苦労様、三弥君。お疲れ様、カズ君」

「ま、茉央?!」


 おまけにそこには茉央が待っていた。

 彼女も三弥と同じくどこか不機嫌そうだ。


 とはいえギクシャクしていた時ほどじゃないんだが……なんなんだ一体?

 少なくとも分かることと言えば……。


「三弥は茉央の頼みを聞いて俺を連れて来たってことか?」

「おうよ。なんたって愛しい茉央ちゃんからのお願いだからな」

「普通にカズ君を連れて来てって言っただけよ。誤解を招くような言い方は止めて」

「え~オレは茉央ちゃんのこと好きなのに~」

「その告白を了承していないんだから止めてって言ってるのよ!」

「……」


 ……なんで俺は訳も分からず連れて来られた先で、同僚の痴話喧嘩を見せられないといけないんだろうか。

 もう眠いから早く車に戻りたいのは山々だが、2人が何の目的で話がしたいのかは知っておきたい。

 

 とりあえず言葉の応酬を繰り返す2人に割って入り、話を進めさせる。


「あのさ、結局俺はここにどういう理由で連れて来られたんだ?」

「……ごめんなさい、すっかり話が逸れてたわ」

「だなぁ。口説くのまた次の機会にするわ」

「どの口が……!」


 袖にされているのも気にしない三弥を、茉央が苛立ちを露わに睨み付ける。

 口説く以前に好感度が落ちてないかこれ?

 ってこれ以上考えたらまた思考が別の方に向き出しそうだ。

 

「だから早く理由を教えてくれよ」

「はぁ……あのね、カズ君。ここで焦らすもなんだから単刀直入に聞くわよ」

「……お、おう」


 もう十分に焦らされてる、と口走りそうになるのを堪えながら頷いて先を促す。

 すると茉央は何故だか満面の笑みを浮かべ出し……。


「今日の深夜に火事があったそうなんだけど…………発生場所を見る限りカズ君が住んでるアパートなのよねぇ……ここまで言えば何を聞きたいかは分かるかしら?」

「……」


 ……。


 …………あ~……。

 

 そりゃ目立つよなぁ。

 今のご時世、深夜とはいえ火事なんて起きたら、アパートの周辺の人達がSNSに何かしら情報を拡散しててもおかしくない。

 

 茉央はそういったところから火事の件を知ったんだろう。

 つまり……彼女が聞きたいのはそんな事故に遭ったにも関わらず、俺が普段通りに出勤していることだ。


 そこまでバレているのであれば、この期に及んで言い訳は通じるはずも無い。


「……余計な心配を掛けまいと黙ってすみませんでした」


 観念した俺は正直に隠していたことを謝罪した。


「違うわよ。私が不満なのは火事に遭ったことを隠したことじゃないわ」

「え?」


 が、即座に否定される。


「じゃあ一体……」

「やっぱお前ってバカだよなぁ」

「おいなんでいきなり罵倒された?」


 茉央が不満に思った理由に心当たりが見つからないでいると、三弥から端的に貶された。

 あんまりだと抗議の眼差しを向けるが、三弥は悪びれもせずに不満気な面持ちを浮かべ出す。


「茉央ちゃんが不満なのは、火事に遭って大変な時に和が誰の手も借りようとしてないことだっつの。当然オレも同じ理由で腹が立ってるんだからな?」

「──っ」


 まるで予想していなかった理由に、思わず目を見開く。

 それは2人が不満に思う程に俺を気に掛けてくれていたことに他ならないからだ。


「大体余計な心配って何? 私達に心配されることってカズ君にとっては迷惑だったとでも言うの?」

「い、いやそういうわけじゃなくて、迷惑なのはそっちの方じゃないかって……」

「それこそ『余計な心配』よ。少なくとも私と三弥君はカズ君からの相談を迷惑だなんて思ったことはないわ」

「う……」


 そう言われては何も反論出来ない。

 けれども、心の中で真っ先に感じたのは気まずさではなく、慣れない気恥ずかしさだった。


 なんでそんな気持ちが過ったのかは分からないが、悪い気はしない……。


 妙なむず痒さを感じていると、茉央から質問が飛んで来た。


「SNSで見た限り、アパートは半壊で済んだみたいだけどいつ頃に直るの?」

「え、あ~。アパートは大家さんの都合で解体することになった」

「ええっ!?」

「はぁ!? じゃあお前、今ホームレスなわけ?!」

「そ、それは大丈夫だって! 新居が決まるまでは仮住まいで何とかなるから……」


 茫然とする間に投げ掛けられた問いに、包み隠さず答えてしまったために2人を驚かせてしまった。

 咄嗟に仮住まいがあると誤魔化すが、実際は三弥の言う通りホームレスだ。


 ただでさえ火事の件で心配を掛けたのに、車中泊の生活をしてるまで伝えるのは躊躇ってしまう。

 さっき言ってくれたように、2人に話せばきっと寝床を貸してはくれるかもしれない。

 けれども、流石にそれは甘え過ぎだ。


「……まぁ、そんなわけだからさ。新居探しの相談に乗ってくれるか?」

「お安い御用よ。前のアパートと変わらない家賃でより快適な部屋を見つけてあげるわ」

「なんかハードル高くない?」


 早速茉央と三弥に新居探しの手伝いを告げると、やたらと自信満々な返事が出て来た。

 そんな好条件の部屋があったら事故物件を疑うわ。

 別に幽霊を信じてるわけじゃないけど、そういったのは詰んだ時の最終手段にしよう。


 ともあれ、図らずも茉央と三弥の協力が得られたのは大きい。

 明日の休みに本格的な新居探しを始めようと、俺は行動に出ることにしたのだった。

 

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