新居探し
茉央と三弥の協力を得た翌日。
休みである今日は駅近くの不動産屋に来ていた。
ネットの情報だけでなく、専門家の説明も聞いておきたいと思ったのが理由だ。
ちなみにちょっとした出来心であまなちゃんと天梨が住む『マンションエブリースマイル』の部屋を検索したところ、少なくとも俺には条件が重い部屋だった。
思えば天梨の月収は俺より上なんだ。
これは以前に聞いた話なんだが、元々部屋の契約自体はあまなちゃんが産まれる前から結んでいたらしい。
事故で2人が亡くなった後、天梨がいずれそこへ引っ越すと相談していたのもあって、亘平さんは家賃を払い続けていたとか。
つまり、母子2人で過ごすには間取りが広いあの部屋は、元々由那さんと辰人さんにあまなちゃんの3人が住むつもりだったのだ。
それでもあまなちゃんがあの部屋で過ごした思い出を作ろうなんて、天梨が如何に2人を大事に想っていたのかが窺える。
何とも心温まる話裏話があったもんだ……。
閑話休題。
さて、不動産屋は茉央が紹介してくれた場所だったりする。
今住んでる部屋もここで見つけたらしい。
運動会の靴選びで助かった実績を持つ茉央の紹介なら間違いないだろう。
そんな確かな安心感と信頼感を胸に、自動ドアを潜る。
中は待合スペースと職員の作業スペースをカウンターで遮っている、至って普通の内装だ。
11月上旬の現在は引っ越しシーズンではないため、訪れている人はそんなに多くない。
混雑していれば使っていたであろう番号札を手に取る必要もないまま、店員の一人が駆け寄って来た。
波を描くようなパーマが掛かったボブカットの茶髪に、温和な印象を抱かせる淡い緑の瞳の女性だ。
彼女は綺麗な一礼をしてから、笑みを向けて来る。
ハッキリ言って綺麗な人だ。
ただどこか既視感があるんだよなぁ……どこかで会った気がするんだが、まるで思い出せない。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「えっと、新居探しで来ました」
「かしこまりました。席へご案内致します」
良く分からない既視感に首を傾げている間に、店員さんから用件を尋ねられた。
慌てて伝えると、女性は店内の端の方へ案内してもらい、対面する形で席に着く。
「お客様のお名前は?」
「早川和です」
「早川様ですね。新居探しとのことですので、私──メイスン・H・
「よろしくお願いします……H?」
目の前に座るメイスンさんはどう見ても日本人だ。
なのにミドルネームが付いている違和感を指摘すると、彼女は首に下げているネームプレートを指しながら笑い掛ける。
「あはは、やっぱり珍しいですよね? 実は主人が外国人なんです。普通は向こうの苗字に変えるんですけれど、仕事と日本で過ごす都合でこういう形になったんですよ」
「へぇ~ご結婚されてたんですか」
「はい、こう見えて一児の母でもあるんですからね。お部屋相談ついでにナンパしちゃダメですよ?」
「そんなつもりはないんで安心して下さい」
確かにメイスンさん程綺麗な人なら、目当てで来るお客もいそうではある。
でも早く新居を見つけたい俺からしたらそんな余裕はない。
そもそも夫婦に割って入る趣味も無いしな。
しかし、なんというか凄く親しみやすい人だなぁ。
慣れない不動産屋の入店で張っていた緊張が見事に解れている。
よほど手慣れている証拠だろう。
「っと、なんか自慢話みたいになってすみません。早速ですが、どのようなお部屋を希望されますか?」
「ええっとですね……」
ここに来るまでに新居に求める条件は一通り考えてある。
予算、間取り、最寄り駅との距離、周囲の環境etc……検討項目はかなり多い。
そんな中で俺が挙げる条件は、安い家賃と適切な通勤距離である。
前者は収入面の事情も無きにしも非ずだが、何より部屋数を必要としていないからだ。
泊まりに来るのは精々が黒音くらい……悲しいとか言うな。
こ、後者に関しては少しでも睡眠時間を確保しておきたいのが理由だ。
まぁこっちはあんまり遠い場所に引っ越すより、住み慣れた地域内の方が過ごしやすいってだけだが。
そういったわけで、職場の住所も含めて条件を伝えたところ……。
「なるほど、では以上の条件に見合ったお部屋をご用意いたしますので、少々お待ち下さい」
やる気に満ちた表情でそう答えた後に、手元に置いてあったパソコンを操作し始める。
正直なところ、後日来店する必要があるとか考えてたので、そんな早く探し出すとは思っていなかった。
文明の進化を実感しながら待つこと10分……。
「お待たせしました! 早川様が提示された条件で検索したところ、40件程のお部屋が候補に挙がりました!」
「地味に多いですね!?」
市内じゃなくて職場の近くって条件なのに良く出て来たな!?
思い返せば確かにマンションとかアパートは多い方だったけど……。
「いえいえ。ここから早川様がお望みの条件と擦り合わせを重ねていけばすぐに絞れますよ」
「擦り合わせ?」
「はい。現状を候補に挙がった40件以上のお部屋は、希望された家賃のプラスマイナス1万以内かつ、1DKの間取りだけで出て来たモノです。ここから最寄りの施設や景観と環境、生活スタイルに合わせていくことで、早川様に見合ったお部屋を添削していくんですよ」
「なるほど……」
メイスンさんの説明に頷く。
予算と間取りだけなら似たような部屋はいくらでもあるが、俺の好みや生活スタイルに合わせるとなると候補は少なくなっていくのか。
本で例えるなら、ジャンル別で検索を掛けた場合は大多数の結果が出るが、ページ数や出版社に作者と候補を絞っていく感じだろうか。
とにかく、思った以上に新居探しは難しくないのかもしれない。
「良いお部屋が見つかるよう、全力でサポートさせて頂きますね!」
「……はい」
特にメイスンさんが担当になってくれたのが大きいかもしれない。
こんなに親身になってくれる人なら、外見に釣られずともモテるだろうと密かな納得もするのだった。
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