目に見える疲労の色
初日の内に候補を絞っていった結果、40件以上あった物件は半分の20件にまで減った。
理由としては事故物件を除いたこと、たまに泊まりに来る黒音に配慮してキッチン周りが使いやすいところに、風呂とトイレは別の空間に設置されているようにしていったからだ。
その時に妹の話でメイスンさんと少し盛り上がったが、まぁそれは置いておこう。
しかし、メイスンさんに感じた既視感の正体は分からないままだった。
なんというか、町中ですれ違ったことがあるというより、実際に似たような人が近くにいたような感じだ。
でも思い出せる限りでは心当たりが全くない。
結局拭えないモヤモヤは残ったままである。
まぁ一人で考えても仕方がない。
一旦考えるのは止めて、持ち帰った数件の部屋を車の中で精査する。
少しでも早く新居を決めるために、こうして資料を貸してもらうことが出来るのだ。
本音を言えば実際に部屋を見てみたいものだが、それはもっと候補を絞ってからの方が良いらしい。
三弥と茉央にも目を通してもらって、なるべく早く選びたいところだ。
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「おはようございます、和さん」
「おはよう、天梨」
翌日の朝、いつものように天梨から弁当を受け取る。
一昨日は欠伸をしたことで心配を掛けてしまった。
同僚2人と違って、天梨はあまなちゃんを通して交流を深めた顔見知りだ。
あまり個人の事情に巻き込みたくない。
「昨日はキチンと休めましたか?」
「あぁ、ほとんど寝て過ごしたようなもんだよ」
「……確かに休んで下さいとは言いましたけれど、あまり不肖な過ごし方は些か感心出来ませんよ?」
「すみません……」
実情とは異なる嘘を付いたため、意味合いは違えど訝しむような眼差しを向けられて申し訳無い気持ちになる。
不動産屋に行って新居探しをしてたし、遅くまで物件の資料とにらめっこをした挙句に、運転席のシートで寝たことで体のあちこちが凝っているのだ。
それらを知られれば、何故家に帰らずに車中泊をしているんだと言われ、たちまちホームレス状態であることがバレてしまう。
そうならないように、俺は二の轍は踏むまいと気を引き締める。
「昨日黛さんに聞いたんですが、市内で火事が起きたそうですよ」
「っ、へ、へぇ~物騒だなぁ……」
とか思ったらいきなりピンポイントを衝いて来ちゃったよ。
言えないよなぁ、俺はその火事の被害に遭って車中泊生活を送ってるとか。
三弥達みたいに前のアパートの住所を知っていたならともかく、天梨がSNSを頻繁に活用する性格じゃないのも手伝って特定には至っていないようだ。
そこだけは不幸中の幸いだなと胸を撫で下ろす。
「これから寒い季節ですし、暖房の使い過ぎには気を付けて下さいね」
「あぁ、そうだな……」
火災の原因はコンセントのショートだったし、天梨の注意は尤もだろう。
とはいえ俺はまだしばらくは車中泊だが、寒さ対策でもう1枚毛布を足しておくのがいいのかもしれない。
「寒さを凌ぐために火事の被害に遭った人達は、急いで新しい住まいを探したり暖房器具の注文が多くなりそうですから、和さんのお仕事が忙しくなるかもしれませんよ」
「あはは。まぁアパートが火事に遭って半壊したのは残念だけど、早めの繫盛期と思えば儲け時みたいなもんだよ」
「……そうですか」
「っと、それじゃそろそろ仕事に行くよ」
「はい、お気を付けて」
話も程々に終え、出勤するために天梨と別れた。
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流石に車中泊が3日も続くと体に疲労が溜まる一方だが、今日に限ってはあまり問題にならないだろう。
何せ……。
「いつもごくろーさまです、おにーさん!」
「こっちこそいつも受け取りをありがとう、あまなちゃん」
今日は癒しの天使であるあまなちゃんに会える日だからだ。
おさげにした明るい茶髪を揺らしながらの微笑みが可愛らしい。
冬が近づく季節らしく、ピンクのチェック柄のサロペットワンピースの下に白いカットソーを着ており、また違った印象を受けさせる装いだ。
心の中で和んでいると、あまなちゃんはしばらく俺をジッと見つめ出し……。
「……おにーさん、もしかしてつかれてるの?」
「えっ!?」
思わず指摘に目を丸くして驚いてしまう。
まさか小学生のあまなちゃんに隠していた疲労を見破られるなんて思わなかったからだ。
「だっていつもよりげんきないもん!」
「あーははは、あまなちゃんには敵わないなぁ……」
普段の俺を良く知っているからこそ見抜けたのか。
参ったという風に両手を上げるが、あまなちゃんはムッと不満気な面持ちを浮かべる。
「……おにーさん、おしごとつらいの?」
「う~ん……つらい、けど、お金を稼ぐのにはどうしても必要だから、辞めるわけにはいかないかなぁ」
「それじゃ、あまな、はやくおとなになって、おにーさんがおしごとしなくてもいいようにがんばる!」
え、それ俺に将来はヒモになれって言ってる?
楽と言えば楽になるだろうが、なんか大事なモノを失くしそうで怖いよ?
一瞬冗談かもと思ったがこの目……本気だわ。
やべぇ……俺のせいであまなちゃんがダメな男と付き合うようになったら、天梨や南家の人達に恨まれるぞ。
得も言われぬ冷や汗が背中に流れる錯覚を感じながらも、俺は苦笑ながら返事を告げる。
「……その申し出は嬉しいけど、あまなちゃんにはゆっくり大人になって欲しいかなぁ?」
「でもあまな、おにーさんがつらそーなのいやだもん」
断られたのが悲しかったのか、頬を膨らませてそっぽを向きながらそう言われた。
くっっっっそ、めちゃくちゃ嬉しいんだが!?
可愛過ぎて心臓が止まりそうなくらい悶えたが、男の意地で以って必死に耐えきる。
「俺はあまなちゃんがゆっくり成長してくれた方が、たくさん一緒に過ごせると思うんだけどなぁ。早く大きくなられたら、抱っこも撫でることも出来なくなっちゃうぞ?」
「うにゅっ……」
まだ幼いあまなちゃんからすれば、大人は何でも出来そうに見えるだろうが、実際は子供の方が遥かに自由だ。
そんな自由の時間を俺なんかのために手放して欲しくない。
それこそ今言ったように、子供だからこそ甘えられることがある。
しっかりしてるようで甘えたがりなあまなちゃんには十分効いたようで、反論出来ずに口を噤んだ。
その反応に苦笑いしつつ、小さな頭に手の平を乗せて撫でる。
「あまなちゃんの気持ちはとっても嬉しかったよ。早く大人にならなくてもこうやって顔を合わせて話せるだけで、俺はたくさん元気を分けてもらってるんだ」
「……ホント?」
「あぁ。いつもありがとうな、あまなちゃん」
「──うん。……えへへっ」
包み隠さず伝えた感謝の言葉に、あまなちゃんは満面の笑みを浮かべてくれた。
たったそれだけで、体に蓄積されていた疲労が軽くなったように思える。
……早く新居を見つけて安心させてあげたい。
そう改めて認識するのだった……。
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