あまなとママとおにーさんと……

夢とトラブル



 ──早川和の人生は至って平凡なモノである。


 田舎という程田舎ではない、かといって都会という程都会でもない町で米農家を営む両親の元に生まれた。

 農家の息子ではあるものの、両親は彼を跡継ぎにしようとは思っていない。

 自発的に継ぐと言うならまだしも、小さい内から可能性を縛る真似はしたくないという考えだ。


 以上の理由から不自由なく幼少時代を過ごし、和は小学生となる。

 学校で授業を受け、放課後は友達と遊び、自宅で家族と団欒する……そんな本当に普通の日常を過ごしていた。


 そんな生活に転機が訪れたのは、彼が10歳の頃に母が黒音を産んだ時だろう。

 生まれたばかりの妹に対してお兄ちゃん風を吹かす和は、両親の育児を積極的に手伝った。

 面倒見の良い面はこの時に形成されたと言っても良い。


 そうして黒音の面倒を看る内に、和は友人達と疎遠になっていった。


 何せ両親は農家故に共働きで、2人が家に居ない間は兄である彼が妹の相手をしているのだ。

 親が心置きなく仕事に勤しめるように、和は遊びに行かずただひたすら黒音に構い倒す。


 妹との時間を取れば、友人達の時間が減るのは必然である。

 とはいっても孤立してイジメを受けたわけではなく、和自身は人柄もあって一定以上の仲を築いていた。

 学校行事には参加し、体育祭や文化祭もなんら普通に楽しんだ。

 

 しかし放課後にどれだけ遊びに誘われようとも、彼は首を縦に振ることなく妹が待つ自宅に帰る。

 黒音が小学生となってようやく応じるようになったが、和から友人を誘うことはない。


 これが彼が浅い付き合いと称する行動の要因である。

 

 別段、そうなったことに和は黒音に対して恨みはない。

 家族を優先して何が悪いとすら思っている。


 だが高校2年生の時期に進路を考える際、和が漠然と家業を継ぐと発言した。

 それを聞いた両親はこのままではいけないと感じ、就職して社会経験をするように促す。

 本気で望んだわけではない、悪く言えば惰性で選んだことを認められなかったのだ。

 何より息子自身のためを想っての説得の末、和はウミネコ運送に就職することになった。


 そこで三弥と茉央と仲良くなり、本質は何も変わらないまま仕事に明け暮れる日々が続く。

 仕事量の多さに忙殺され、自宅に帰ってもやることはなく寝るだけで、学生時代にあった黒音の面倒を看るという名目すらもない。


 そうして高校を卒業して8年が経った頃……。







『おにーさん!』


 2度目の転機となる、誰よりも幼い少女と出会った。



 =======


「ん……」


 気持ちよく眠っていたはずなのに不意に目が覚めてしまった。

 まだ休みの日じゃないのに、地味に勿体ないことをした気分になる。

 寝返りを打って目覚まし時計を見ると、時刻は午前2時だった。 


 何をするにしても早すぎる。

 でも寝ようにも何だか微妙に寝辛い。


 なんだってこんな時間に目を覚ましたんだか……それよりもだ。


「実家にいた頃の夢を見た気がする……」


 友達よりも家族を優先していた頃だ。

 特に不満があったわけじゃないし、それでいじめられるようなこともない。

 ただ他人が挙げるような青春をしなかっただけ。

 

 端的に言えば無味無臭のガムを味わうようなものだろうか。


 他人事のような言い方になるが、随分寂しいとは思う。

 かといって嘆く気も無い。

 

 自分から望んだ結果が今であり、不自由をしていないというのもあるが……。


「……醒める寸前に聞こえたの、あまなちゃんの声だよな?」


 夢の中で唯一気に掛かったのがそこだ。

 なんというか……ずっとセピア色だった景色が瞬く間に彩られるような、そんな感じの光景を見た気がする。

 

 あれは一体なんの暗示だ?

 夢のことだから深く考えたところであまり意味はないかもしれないが、どうにも気に掛かってしまう。

 

 あまなちゃんが夢に出て来ること……それすなわち……。


「──俺がロリコンだった……なわけないよなぁ」

 

 仮にそうだとしたら一生自分を信じられなくなりそうだ。

 色のない学生時代を過ごしていた事実よりショックがデカいわ。


 けれども、あまなちゃんと会ってから今までと比べ物にならない程、濃密な時間を過ごしているのは確かだ。

 もちろんあの子だけじゃない。

 天梨やはすみちゃん達に、それまで同僚としての付き合いしかなかった三弥と茉央も加わった。

 

 たったそれだけなのに、学生の頃とは雲泥の差がある。

 ともすれば、そう思える切っ掛けは間違いなくあまなちゃんに癒された瞬間かもしれない。

 

「……また何か礼をしないと」


 見返りを求めているわけじゃないとは知っているが、それでも何かしらの形で癒され続けている感謝の気持ちを伝えたい。

 そしたらあの子は明るく笑いながら、また俺に淀みの無い『ありがとう』を返して来るような気がして、思わず笑みが浮かんで来る。 


 これじゃ周りからロリコン呼ばわりされても仕方ないな。

 我ながら呆れるしかないと思った矢先、変な違和感を感じた。


「なんか……焦げ臭い?」


 そう、焦げ臭いのだ。

 別に寝る前に料理して焦がしたなんてことはない。

 昨日は三弥と飲んでから帰ったし……じゃあ何が匂いの発生源なんだってなる。


 これだけなら消臭剤を使うか気のせいで済ませたんだが……。


「ストーブを使ってないのに暑いな」


 季節はもう11月上旬。

 普通なら暑いどころか寒い時期だ。

 だというのに妙に肌が火照って汗が滲んでいる。


 流石におかしい。

 いよいよ疑問が拭えなくなって、ベッドから降りて窓を開けて外の様子を窺う。


「あ……?」


 答えはすぐそこにあった。

 十中八九で目が覚めたのも同じ理由だろう。

 

 もう少し目覚めが遅れていたらと思うとゾッとする。

 何せ…………。









 ──俺が部屋を借りているアパートで火事が起きていたのだから。

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