あまなはおとまりします!

和の日常



 5月も下旬に差し掛かり、段々と気温が上がって来たと実感出来る。

 室内業務だったらまだ気になるレベルじゃないが、俺が就いている配送業を始めとする職業では油断出来ない。

 

 配送業の場合、荷物の載せたトラックの運転中に冷房の効いた車内にいる間はマシだが、その荷物を降ろして持っていく作業がきつくなって来る。

 毎年、夏が来る度に俺を含めた宅配員達の表情と心が死んでいくのが恒例だった。

 

 だがしかし、今年の俺は違う。

 何せ……。


「よしよし、よしよし♪」


 ──あ゛あ゛~癒される~……。


 下っ足らず気味で愛くるしい声音と共に柔らかい手で頭を撫でられるだけで、心に溜まった疲労が消えていく。

 それも他の人物ではこうも容易く行かないと確信出来る程だ。


 ──まぁ、相手は小学1年生の幼女なんだが。


 琥珀みたいに綺麗な茶髪は左側でサイドテールにして束ねられ、つぶらな瑠璃色の瞳は純粋さを感じる優し気な眼差しだ。

 母親天梨に似て、大きくなったらきっとモテるだろうと思える将来性がある。

 服装は白いチュニックの上にピンクのワンピースで、大変可愛いらしいと思う。


 俺は、そんな少女──南あまな天那ちゃんから日々の疲れを癒してもらっていた。

 先月退職した先輩の配送区域を引き継いでから出会った子で、毎週火曜日と金曜日の2日の交流が俺の生き甲斐となっている。


 言っておくが、俺は断じてロリコンではないぞ。 

 あまなちゃんという天使を愛でているだけで、ニュースに出るような奴らとは一緒にしないでほしい。

 それにこの触れ合いは、彼女の母親である天梨からも許可を得ているので、なんら後ろめたいことはないわけだ。


 っと、その天梨で思い出したことがあった俺は、大変名残惜しくもあまなちゃんのなでなでを止めてもらい、荷物と一緒にある物を取り出した。


「あまなちゃん、今日の分のお弁当箱を返すよ。美味しかったってお母さんに伝えてくれるか?」

「うん! ちゃんとキレイにしておくね!」


 今月の頭にあまなちゃんの通う小学校で授業参観があったのだが、間の悪いことに天梨は開始時刻に間に合わないどころか、学校に着くことすら出来ない状況に陥っていた。

 そこへたまたま配達のために来ていた俺が通り掛かり、自分の仕事を後回しにして彼女を小学校まで送り届けたのだ。


 その後、彼女からお礼として南家へ配達に来る日だけ手作りの弁当をもらうようになった。

 食べた後の弁当箱は、こうして配達の時にあまなちゃんと通して返却する形となり、もう2週間が経つ。


 天梨の料理は栄養バランスを考えて作られていて、ぶっちゃけ実家の料理より美味い。

 あまなちゃんに会えることとは別に、あの弁当も楽しみの一つになりつつある。

  

 それを正直に伝えたら自分に気があるのではと誤解されそうだし、単に美味しいと感想を伝えるだけに留めておく。

 怒らせて弁当が無しになるのは避けたい。


「あまなちゃんは天梨の料理を食べられて羨ましいって思えるよ」

「でしょー? ママのおりょーりはせかいでいっちばんだもん!」


 娘のあまなちゃんの反応は、自分が褒められたかのように誇らしげだ。

 そんな表情を微笑ましく見ていると、不意にある声が耳に入って来た。


「こんにちは、早川さん」

「お、天梨」


 顔を向けた先にいた声の主は、あまなちゃんの母親である南天梨だった。

 濃い目の茶髪は相変わらず艶やかで、娘と同じ瑠璃色の瞳は初めて会った時より柔らかさを帯びているように見え、スーツ姿から仕事帰りなのは明らかで、その装いが彼女の優雅な佇まいをより魅力的に引き立てている。


 10人すれ違えば10人全員が振り返るであろう美麗な顔立ちと、女性ファッション誌のモデルのように整ったスタイルからは、とても子持ちには見えない。


「今日は早いんだな」

「ええ。といっても今日はたまたまですが」


 彼女がなんの職種に就いているのかは知らないが、会社内では優秀な成績を振るっているようで、何かと頼られることが多いらしい。

 母子家庭の南家にとっては財政的に助かっても、そのせいで授業参観の日に午前だけ出勤することになったのは、何とも歯痒い思いだ。

 

「ママ、おかえりなさい!」

「はい、ただいま帰りました、天那」


 母親の帰宅に、あまなちゃんは笑みを輝かせながら抱き着いて行った。

 天梨もしゃがんで娘を抱き止めることで、仲睦まじい親子の光景が出来上がり微笑ましく思う。

 

 なので俺はそっと存在感を消して、親子の時間を邪魔しないように努める。

 こういう気遣いが出来てこそ、社会人として成長出来ている証拠ではないかと、特に意味もなく浮かべてみた。


「天梨。これ、今日もありがとうな。いつも通り美味かったよ」

「いえ、私が好きでやっていることですから、お気になさらず……」

「その厚意のおかげで美味い弁当が食べられるようになったんだから、毎回感謝の気持ちは欠かさないようにしてるだけだよ」


 頃合いを見て、俺はあまなちゃんに渡すところだった空の弁当箱を天梨に渡して感想を伝える。

 すると彼女は謙遜を口にして大したことじゃないと言い張るが、そんなことはないと包み隠さずに打ち明けると……。


「そう、ですか……」


 どこか呆けたようにハッキリとしない返事をする。

 何か思うところでもあるのかと追及したいところだが、残念ながらそろそろ配達に戻らないといけない。


「それじゃ、俺は仕事に戻るよ」

「またね、おにーさん!」

「ああ、またな」


 別れの挨拶を口にすると、あまなちゃんが元気に応えてくれた。

 こうして『またね』と言ってくれることは、簡単なことのようで何気に得難いものだ。

 それを忘れないように噛み締めて挨拶を返す。


「あ、すみません早川さん。今日の就業後に連絡をしてもらって頂けませんか?」

「へ? なんでだ?」


 立ち去ろうとしたところで、天梨に呼び止められた。

 仕事終わりに連絡するくらいなら、この場で言えば良いのではと思ったが、これから仕事に戻る俺をこれ以上引き止めるわけにはいかないと気付く。

 

「詳細は後ほど……とにかく、仕事が終わり次第電話を頂ければ出ますから」

「あ、あぁ。解ったよ」


 すぐに伝え終える要件じゃないのか、天梨の表情は若干悩まし気だ。

 ともかく、断る理由もないため忘れないように記憶しつつ了承する。


 そうして俺は配達に戻っていくのだった。


 =====

https://twitter.com/aonosekito/status/1173372562702618624?s=19

あまなちゃんの仮声優選挙やってます。

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