既視感の正体
「ただいまー!」
今日の部屋探しを終えて1時間もしない内に、あまなちゃんが学校から帰って来た。
その元気で可愛らしい声を合図に俺は新居候補の資料を読む手を止めて、出迎えるためにソファーから立ち上がる。
いつもは迎えられる側だから、迎える側になるのはちょっぴり新鮮だ。
そう考えながらもドアを開けて玄関に向かう。
「おかえり、あまなちゃ──」
「うおおおっ、マジでおにーさんがいるっす!」
「すごくてなれたおむかえよ! これはもう時間のもんだいね!」
「は、はすみちゃん!? ちゆりちゃん!?」
玄関にいたのはあまなちゃんだけではなく、その友達であるはすみちゃんとちゆりちゃんだった。
口振りからして、俺がこの家に居候していることは知っているらしい。
変に誤魔化さなくて済んだと思う半面、ちょっと騒がしいことになりそうだなぁとトラブルの予感がする。
それに後ろを良く見れば、かなちゃんと大地君もいた。
何気にあまなちゃんも含めた5人が揃う様子を見るのは、運動会前の練習以来だなぁ。
あれから2ヶ月ぐらいしか経ってないのに、何だかすっかり状況が変わったな思うとしみじみする。
「みんながね、おにーさんがあまなのおうちにすんでるのみたい、っていってきたの」
「なるほど……えぇっと、まぁこの通りだ」
あまなちゃんから予想を肯定され、とりあえず両手を広げて迎え入れる。
するとはすみちゃん達は揃って感嘆の声を上げる……特にちゆりちゃんの眼差しが輝いていた。
「そ、それじゃ、おにーさんはあまなちゃんのママとけっこんしたの?」
「してないって。本当にただの居候──部屋を貸してもらってるだけだよ」
「えぇ~……」
ある意味予想通りの質問が飛んで来たわけだが、残念ながらそんな事実はない。
そのことを正直に伝えたはずなのに、何故か期待外れだという風に落胆された。
相変わらずませてるなぁ、この子は……。
「でもこれからずっとすんでたら、ほんとーにそーなるかもしれないんすよね?」
「あはは、俺が天梨と夫婦になれるわけないだろ? こうやって住まわせてもらってるのは、完全に向こうの善意だよ」
それにここに住むのは新居が決まるまでという約束だ。
その期限まで話すつもりはないし、はすみちゃんが言ったようなことは万に一つもありえないだろう。
確かに彼女とは仲が良いが、それはあまなちゃんの存在があってこそ。
普通なら互いを認識しないまますれ違うだけのはずが、縁あって部屋を貸してくれている。
自分が特別なんて自惚れるつもりはない。
なんて考えたが、俺の返答が不満なのかあまなちゃん以外の4人は何故かジト目を向けて来る。
「おにーさんってほんとにバカよねー」
「あまなちゃんのママがかわいそーっす」
「さ、さすがにかなもひどいっておもうの……」
「にいちゃんのねっこはかわってないんだなぁ……」
「キミらちょっと言い過ぎじゃない?」
なんで小学生に責められてるんだ俺は。
自分の身の程を弁えているだけなのに、どうして天梨が可哀想になるんだ。
そんな変なこと言ったか?
「おにーさんはあまなのパパじゃないけど、あまなはおにーさんがいてくれてすっごくたのしーよ?」
「あまなちゃん……!」
落ち込んだ気分を容易く掬い上げるあまなちゃんが光って見える。
何はともあれ、子供達と共にリビングへ向かうことにする。
みんなでテーブルを囲い、あまなちゃんが手慣れた様子で飲み物を用意する最中、大地君がやけにソワソワしているのが目に着いた。
あぁそっか。
彼にとっては好きな子の家に初めて来たんだよな。
そりゃ緊張の一つや二つはするか。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。あんま肩肘張ってると疲れるぞ?」
「に、にいちゃんはここにすんでてなれてるからそーいえるんだろ!?」
「いや俺も目が覚めたら未だに車の中じゃないかって思ってるくらいで、起きたら頬をつねる毎日だよ」
「それはそれでどーなんだよ!?」
冗談に思える事実を伝えたところ、何ともキレの良いツッコミが帰って来る。
良い感じに緊張も解れたようで何よりだ。
「おまたせー!」
「お、準備出来たみたいだな。手伝うよ」
「ありがとー!」
4人分となると小学生では重くなる。
そう思って代わりに人数分のジュースが載せられたお盆を持つ。
配られたジュースを飲みながら、子供達は俺に以前までの生活と南家での生活との違いを尋ねて来る。
火事や車中泊の件を伏せつつそれに答えていく内に、天梨とあまなちゃんにどれだけ助けられているのかを実感出来た。
……のだが天梨に膝枕をされた下りで、ちゆりちゃんから『そこまでされて気付かないなんて、おにーさんはもうのろわれてるんじゃないの?』と憐みの眼差しを向けられた。
だとしたら一体何の呪いなんだ。
誰が俺に何の恨みがあって呪いなんて掛けたんだよ。
しかも聞いてみても自分で考えろと、小学生に答えをはぐらかされる始末。
結局考えたものの答えは出て来なかった。
そんな時、ふとかなちゃんと目が合う。
「……」
「えと、かなのおかおをジッとみてどーしたの、おにーちゃん?」
「へ、あぁ悪い。なんかついさっきかなちゃんの顔を見たような気がしてな……」
「? かな、おにーちゃんにあうのひさしぶりだよ?」
「だよなぁ。う~ん……」
なんというか、メイスンさんに感じた既視感と似たような感覚だ。
けれど、かなちゃんとメイスンさんは歳が離れているから似ているも何もない。
それこそ親子くらいの歳の差が──……あれ?
そこまで考えたところで、喉の引っ掛かりが急に強くなった。
かなちゃんは外国人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフで、両親は共働きだったはず。
メイスンさんは旦那さんが外国人で、子供がいると聞いたことがある。
あれ~……?
ま、まさか、なぁ~……?
思いもよらなかった関係性が見えて来てないか、これ?
幸い、その真相を確かめる方法はある。
俺はかなちゃんに顔を向け、改めて声を掛けることにした。
「かなちゃん?」
「な、なぁに?」
「違ってたらごめんな? かなちゃんのお母さんの名前って、衣代香さんで合ってるかな?」
「え?」
唐突な質問に、かなちゃんは碧色の瞳を丸くして驚く。
何故急に自分の母親の名前を尋ねて来るのか、そんな疑問を感じているだろうことは明らかだ。
俺も同じ質問をされたら似たような反応すると思う。
これで誰だなんて返答が来れば俺の勘違いで終わるんだが……。
そんな俺のちょっとした罪悪感は……。
「──どーしておにーちゃんがママのおなまえをしってるの?」
「──……マジかぁ~~……」
かなちゃんから齎された正解によって簡単に消え去った。
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