これはデートなのだろうか



 ところでこれはデートの範疇に入るのだろうか?

 茉央と仲直り出来たついでという風にシューズを買う目的でアウトレットモールに来たわけだが、ふとそんなことを考えてしまう。

 目的からして言ってしまえば何とも色気の無い話だ。


 が、こういう建前で疑似的にデートを成立させようとする展開は、ドラマや漫画ではよく見掛ける。

 特に茉央は俺に好意を懐いている可能性もあるんだ。

 それだけに一度気になってしまうと、頭の片隅でどうしても拭い切れないもどかしさが出て来た。


 ……なんてことを考えてるのは俺だけなようで、隣の茉央は真剣な面持ちでスマホを操作している。


「今日までにちょっと調べてみたんだけど、ナイスの新しい厚底シューズが一番だと思うの」

「なんでだ?」

「そのシューズは履いたマラソンや駅伝の選手達が大会で次々と新記録を出した結果、今後の使用が議論されているのよ。つまりそれだけ高い性能を誇ってるって実績があるんだから選ばない手はないわ」

「大丈夫なのかそれ……」


 というかマラソンで使うような靴を買うつもりなの?

 俺が参加するのは小学校の運動会なんだが。

 

 子供のために本気を出すって言っても、流石にそんなガチの靴を選ぶ必要はあるのかよ。


「別に裏にバネとか仕込んでるわけじゃないし、足の軽減負担になるから買って損はないでしょ」

「……まぁ確かにそうだけどさ」


 そういえばナイスの靴っていくらするんだ……って高っ!? 

 靴なのにこんな値段するのかよ……同じ価格でも他に買えそうな物が多いんじゃないか?

 まぁ茉央の言った通りの性能ならこの値段も当然かもしれんが……ちょっと悩むなぁ。


「他のも見ていいか?」

「ええ。買うのはカズ君だし強制はしないわ」


 勧めた靴を遠回しに拒否したことで怒られないか若干不安だったが、にこやかに返されて内心ホッと安堵する。

 正直デザインよりは機能性を選ぶつもりだから、茉央が選んだ靴は理に適ってはいるんだよなぁ。

 もう少しお手軽な値段なら即決出来たんだろうけど、せっかくの機会だから色々と見てみよう。


 そうやって10分近く色んな運動靴を見たが、履き心地や使い心地は結局茉央が最初に勧めたナイスのシューズが一番だったため、かなりの出費だが購入するのだった。


「諭吉さんが2人分も逝った……」

「まぁそれであまなちゃんの笑顔を見られるんだから安いものでしょ?」

「それもそうだな」

「……こっちから振っておいてなんだけど、立ち直りが早過ぎて怖いわよ」


 そんなジト目を向けられるようなこと言ったか?

 元々確実に1位を取るために靴を買いに来てるんだ。

 日々の激務によって生活費以外に使う機会の無い金ならいくらでもあるんだし、たかが諭吉さん2人くらい蚊に刺された程度だろう。

  

 そう考えたらこの買ったばかりの靴で走りたくなってきたなぁ……流石に茉央と出掛けている今はしないけど。

 何はともあれだ……。


「おかげで助かったよ茉央」

「どういたしまして。ここまでやったんだから1位以外になったら今度こそ絶好よ?」

「ええっ!?」


 サラッと怖いこと言うなよ!?

 あのギクシャクした感じ凄い気まずかったんだから、逆戻りしたら今度こそ胃が潰れるって!!


 あからさまに動揺した俺に対し、茉央は実に楽しそうな笑みを浮かべる。


「──冗談よ。でもやるからには本気で……ね?」 

「……あぁ。頑張るよ」


 続けられたその言葉に内心安堵した。

 大の大人がたかが小学校の運動会で、それも優勝争いになんら影響のない競技に本気を出すなんてとバカにせず、こうして背中を押してくれたことが堪らなく嬉しい。


「そうだ。この前みたいに靴の礼で何か付き合うよ」

「この前って……迷子になってたあまなちゃんを助けた時のこと?」

「そうそう」


 4か月も前のことだが今でも鮮明に思い出せる。

 黒音と一緒だったはずのあまなちゃんがはぐれたと知って、大いに動揺したものだ。

 とはいえ俺以上に黒音が焦っていたから、辛うじて冷静さは保つことが出来た。


 ショッピングモール内を探し回っても見つからず途方に暮れていると、偶然訪れていた茉央があまなちゃんを保護してくれたおかげで事なきを得たのである。


 だが特に印象深いのは……。


「あの時、俺達を見て家族連れだって勘違いしてたよな」

「ちょっ、まだ覚えてたのそれ?!」


 笑いを堪えながら黒歴史級の誤爆を言及すると、茉央が顔を真っ赤にして抗議する。

 申し訳ないがあんな面白過ぎる勘違いは中々忘れられない。


「しょ、しょうがないでしょ。カズ君のプライベートを何でもかんでも知ってるわけじゃないんだし、あまなちゃんがあんなに懐いてたら勘違いの一つもするわよ!」

「分かった分かったもう言わないから」


 ジト目を向けながら必死に反論して来るが、親戚とか兄妹の線もあった中で親子を選択するのは滅多に無いと思うぞ?

 

 そうは思っても口に出さない。

 あまり突っつくと怒られそうだし、彼女から好意を寄せられている可能性を思えばあの誤解をしても違和感が無いからだ。

 

 実際のところは茉央にしか分からないんだが……そこは考えても手で暖簾を押すようなものだろう。

 結局は本人から伝えられること以外で確実性は無い。


「それで茉央はどうするんだよ?」    

「自分から振っておいて話題を逸らそうとしないの……まぁせっかくアウトレットモールに来たんだし、お言葉に甘えるつもりよ」

「なら決まりだな」


 まだ少し睨まれたままだが誘いは受けてくれたので、ちゃんと礼が出来ると胸を撫で下ろす。

 そんなわけで、このデートモドキはまだ続きそうだ。

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