仲直りと最善へのお誘い



 10月も半ばを過ぎた頃。

 俺はある目的のために九久志くくしアウトレットモールへ来ていた。 

 時刻は午前11時、天候は良好で晴れやかな太陽と綺麗な青空が眩しい。

 買い物のために訪れている若者や家族連れが賑わう中、一人ゲート近くの喫茶店で外を眺めている。


 勘違いしないでほしいが、ここへは買い物以外の理由があって来ているのだ。

 じゃなきゃ休日にわざわざ1人でモールに来たりしない。

 

 予定通りだとそろそろアイツが来るはず……。

 言うや否や、ゲート前に目的の人物がやって来た。


 彼女の元へ向かうため喫茶店を出て近付く。

 ベージュのチュニックには裾にレースがあしらわれていて、深緑のベイカーパンツと茶色のフーデッドサンダルも含めて落ち着いた色合いだ。

 心なしか気安いのは相手が俺だからかもしれないが……それも含めてとりあえず来てくれたことを嬉しく思う。


「よぉ。茉央」

「こんにちはカズ君」


 待ち合わせの相手──堺茉央とそう挨拶を交わした。

 何とも間の短い会話だが、茉央と会話出来ることに安堵する。

 

 まだ少しぎこちないところがあるが、依然として目的は変わらない。

 そのためにも俺はこうして彼女と出掛けているのだ。


 ======


 こうなった経緯を語るには、まず一週間前に遡る。


 天梨に相談した日の翌日、配達を終えて作業着から着替えようと更衣室に向かっていた。

 無論その日も配達がきつかった……不在が30件を越えだした辺りはいっそ荷物を玄関前に放置してやろうかと思った程だ。

 そんなことする度胸は微塵もないが。


 過去に届けるはずの荷物を蹴る宅配員の映像がSNSやニュースに出回った際、ウチの会社の上層部からかなり厳重注意が呼びかけられたのだ。

 事件を起こした奴の気持ちは大変分かるが、八つ当たりする方向を間違えてはいけない。

 

 とはいえ、ここ半年はあまなちゃんの癒しと天梨の弁当のおかげで心身共に充実している。

 俺が同じような真似をする可能性は限りなく低いだろう。


 なんてことを考えながら歩いていると……。


「あっ……」

「お……」


 ばったりと。

 廊下で茉央と鉢合わせたのだ。


「……」

「……」


 予想だにしなかったタイミングでの対面に、2人揃って目を丸くして黙り込む。

 突然のことで一瞬停止した思考を何とか再起動させようとするが、それよりコンマ1秒くらい早く茉央が動いた。

 

 ──ヤバイ、また逃げられる!?


 瞬く間にそう悟った瞬間、考えるより先に体が動いた。

 

「──キャッ!?」

「──っ」


 身を翻して反対方向に逃げようとする茉央の左手を咄嗟に掴む。

 配達で鍛えられた腕力が発揮されたせいか、動き自体は簡単に止められた。

 が、よっぽど焦っていたのか急に腕を引っ張られた茉央がバランスを崩す。


 慌てて右肩を支えて転倒を防いだ。


「あ……ありがと」

「ど、どういたしまして……」


 怪我をせずに済んで良かったと胸を撫で下ろすと、茉央から礼を返された。


「……」

「……」


 やっと言葉を交わしたと思ったら、再び無言になってしまった。 

 こんな時に限って三弥は休みでいないのがもどかしい。 

 そもそも顔を合わせて話すこと自体久しぶりだ。

 そう思い返したと同時におかしな話だと苦笑してしまう。


 何せ喧嘩する前はどちらかが休みの日以外、職場で話さない日が無かったからだ。

 軽い挨拶から始まって、互いの部署の愚痴から空いている日に飲みに行く予定を立てたり。

 三弥も絡んだ時はもっと賑やかだった。 


 だからこそ、茉央とすれ違い続けていた間は形容出来ない物足りなさを覚えたものだ。

 未だ真偽が不明な恋愛感情を抜きにしても、彼女の存在は俺の心に確かに根付いていた。


 そんな茉央とギクシャクしたまま別の人生を歩むなんて、納得出来るはずがない。

 

 ──気安い同僚で友達でいたい。


 俺が彼女との関係で一番に求めるのはその一点だけだ。 

 そのためにも、こうして面と向かえたチャンスを逃すわけにはいかないと日和そうな弱い自分を鼓舞する。


「──なぁ茉央」

「な、なに……?」


 名前を呼ばれた彼女は、若干頬に朱を交えながらも訝し気な目を向けて来る。

 たったそれだけのことなのに、どうしようも心が浮足立ちそうだ。

 

 でもここで満足しちゃダメだ。

 もっと踏み出さないといけないと心を踏ん張って口を開く。


「この間は怒鳴ってごめん」

「え……?」


 まずは謝罪。

 色々考えたり相談に乗ってもらったりはしたが、結局茉央が俺を避け出した原因は分からない。

 けれども、その態度に対して密かに募っていた不満を爆発させて怒鳴ったのは、明らかにやり過ぎだった。


 少なくともそこは俺に非があるだろう。

 だからこうして頭を下げて彼女に謝った。


 顔が見えないからどんな反応をしているのかは全く分からん。

 ともかく俺の望みとしては前のような気安い関係に戻りたい。

 そう願いながら謝った俺に対し、茉央は……。




「──こ、こっちも悪かったわ。心配してくれたカズ君を突っぱねたりして……」


 目線を合わせないでも、苦笑を浮かべながら謝り返した。

 ここで俺の方が悪いと言うのは簡単だが意固地な茉央のことだ、きっと自分の方が悪いと責任の被り合いになるのは明白だ。


「……なら、お互い様だな」

「──ふふっそうね」


 だから、早めに妥協点を述べればそんなことにならない。    

 それを彼女も受け入れてくれたため、ようやく仲直り出来たと胸を撫で下ろす。


 そう思ったのも束の間、改めて向かい合った茉央からある質問が投げ掛けられる。 


「カズ君。明後日の水曜日は休みよね?」

「あぁ。そうだな」

「予定とかあるのかしら?」

「いや、特には……」

「なるほど」


 茉央の質問に何の躊躇いもなく答える。

 

 あれ、なんか前にもこんなやり取りをしなかったっけ?

 不意に脳裏に浮かんだ既視感に首を傾げる間もなく、彼女はその真意を明かし始める。


「それじゃその日、買い物に行きましょう」

「買い物?」

「そう。今度あまなちゃんが通う学校の運動会で走るんでしょ? ちゃんとした運動靴を用意しないと恥ずかしいわよ」

「そりゃそうだけど……エキシビションマッチみたいなもんだし、誰もそこまで本気じゃないだろ?」

「あら? 子供の期待に応えようと世のお父さん達は、本気を出して1位を目指すものよ。現に私のお父さんもそうだったし」

「う、う~ん……」


 経験談を含めてそう言われると納得しようになる。

 俺もあまなちゃんに1位になると宣言した身……靴も含めて本気で挑むべきか?

 一瞬逡巡するも、すぐにそうするべきだと首を振る。

 

 参加義務なんてない競技に、わざわざ俺に走って欲しいと言ってくれたあの子からの期待に応えるために、尽くせる最善を選ぶことに迷う必要は無い。

 

「──それならこっちからお願いしたいくらいだよ」

「──……そう言うと思った」


 迷いを振り切って茉央の提案に乗る。

 自分から出した提案だというのに、彼女の表情がどこか思わしくなかったものの、待ち合わせ場所を決めたりする内に聞くタイミングを逃してしまった。


 そして……これが茉央と2人きりで出掛ける最後の機会となることを、この時はまるで思いもしかなった……。

  

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