天梨に相談してみた



 ──金曜日。

 今日は南家への配達日だ。

 

 あまなちゃんに癒される日とあっていつもは胸を弾ませているはずなのに、胸中では茉央へ向けられているらしい好意への返しに悩まされていた。

 黒音に相談して多少はマシになってはいるが、自分だけでなく相手の人生にまで影響が出る重大な選択だ……決して軽く考えて良い事じゃない。


 今更な話だが、茉央は一体いつ俺を好きになったんだろうか?

 少なくとも前に交際の噂が立った時よりは後だと思う。

 じゃなきゃ、冗談とはいえ付き合ってみるかという言葉にあんな冷たい反応は出さない。


 時期はともかく、向こうの気持ちを受け入れたらアイツが恋人になるのか……。

 そうなると26歳になって初めての交際相手なわけだ。


 ……まだ好意が本当なのかも確定してないのに、つい先のことを考えてしまうのはダメだよなぁ。

 つくづく人間の欲深さを実感し、単純な自分に呆れからため息が出る。

 

「おにーさん。きょーもつかれてるのー?」

「え? あぁ~ごめんな? ついため息が出ちまった」


 そんなことを考えていたら、荷物の受け取りに出てくれたあまなちゃんに心配を掛けてしまった。

 いかんいかん。

 今は仕事中なんだから集中しないと。


 とはいっても、あまなちゃんを前にするとどうしても気が緩んでしまうんだがな。


「つかれてるなら、あまながよしよししてあげる!」

「お~ありがと」


 何とも嬉しい提案に乗っかり、手が届きやすいように膝を折って屈む。

 程なくして、あまなちゃんの小さく柔らかい手の平が頭に乗せられ、左右にゆっくりと優しい手つきで撫でられる。


「よしよ~し。いつもごくろーさまです」


 あ゛あ゛~癒されるぅ~……。

 たったこれだけで、心の奥に溜まっていた疲労や悩みが氷解されていくように感じる。

 

 ここ数日は茉央との関係に悩まされていたのもあって、その効果は絶大なものだ。

 相変わらずあまなちゃんは凄いなぁ。

 

「また人の娘にデレデレして……今回はよっぽど疲れていたんですか?」


 そんな感心をしていると、リビングに続くドアから天梨が出て来た。

 仕事から帰って間もないのかスーツ姿で、呆れた視線をこちらに向けている。


「わ、悪──」

「まだおわってないからダメー」

「あ、はい」


 慌てて立ち上がろうとするも、あまなちゃんに制止されてしまう。

 このよしよし、ちゃんと時間制限あったんだ……。

 

 どのくらいのさじ加減なのかは完全にあまなちゃん次第だろう。


 さっきまでジト目だった天梨も、娘の我が儘に付き合う様子を見て申し訳なさそうに目を伏せている。

 一応母親の許可も得たので、あまなちゃんが満足するまで撫でられまくった。

 さながらお気に入りのぬいぐるみと同じ扱いだった気がしないでもない。


 しばらくして撫で終えたあまなちゃんは、満足したのか誇らしげな面持ちで「またねーおにーさん!」と告げてから宿題をするためにリビングへと戻って行った。

 

 これからの成長を見ていたい小さな背中を見送り、改めて天梨と顔を合わせる。


「それで……職場で何かあったのですか?」

「へ?」


 てっきりあまなちゃんとのやり取りに不満を飛ばされると思っていただけに、天梨の口から出た言葉に思わず目を丸くする。

  

「とぼけても無駄ですよ。明らかに普段より元気がないのは見て分かりますから」

「お、おぉ……」


 なんかサラッととんでもないことを言われた気がする。

 きっと顔に出ていただけだろう。

 うん、多分そうに決まっている。


「お悩み事があれば私が聞きます。いつも天那の事で助けて頂いてますし、遠慮はせずにどうぞ話して下さい」

「ええっ!?」


 返事を挟む余地も無く俺が天梨に悩みを話す形になった!?

 誰もが目を奪われそうな美麗な笑みを浮かべてるのに、ノーと言わせてもらえない威圧感に体が震える。


 これはもう話す以外に選択肢はないなと観念して打ち明けることにした。


 ただ、天梨に指摘された悩みとは茉央とどういった関係でいたいかということだ。

 この場にいない人のプライバシーにも関わることだし、ある程度濁す必要はあるだろう。

 

「えっとな……悩み事を話す前に、天梨に聞きたいことがあるんだ」

「なんでしょうか?」

「その、だな……








 同じ職場で仲の良い異性から、好意を向けられてるって知ったらどうする?」

「──……は?」


 俺の問いを聞いた天梨は、一瞬呆けた表情を浮かべた後に……。


「はいっ!?」


 顔を真っ赤にして大いに動揺し始めた。

 自分から話せと言っておいてとも思うが、正直俺も同じことを尋ねられたら似たような反応をするだろうと流す。

 

「詳細は省くけど、意図しない形で相手側の気持ちを知っちゃってさ。あ、でも本人からっていうより周りからそうじゃないかって言われただけで、確信があるわけじゃないんだ……」

「そ、そう、なんですか……」


 何だか歯切れが悪いな……まぁ遠回しな恋愛相談みたいなもんだし、すぐに状況を理解しろっていうのは難しいよな。

 そこから経緯を説明し、現在は業務連絡以外の接点が無くなっていることも伝えた。

 話し終えてから腕を組んで逡巡する天梨の返答を待っていると、彼女からどこか不安げな眼差しを向けられる。 


「和さんは……その方と交際したいと考えているんですか?」

「……どう、なんだろうな。ぶっちゃけこういうのは初めてだから、どうしたら良いのか分からないんだよ」


 天梨の疑問は尤もだろう。

 現に黒音にもどうしたいのかと聞かれたし、いくら相談したところで答えを出すのは俺自身だ。

 けれども、やっぱり迷いは振り切れない。

 こんなことなら、学生時代にもっと恋愛に積極的になるべきだったと後悔する他ないな。


「──きっと、相手の方もどうしたらいいのか分からないんだと思います」

「え……?」


 不意に告げられた回答に、思わず聞き返した。

 俺と茉央が同じ……?

 向こうは俺を好きかもしれないのに、どうして関係性に悩むんだ?


 けど、そのたった一言で妙に納得したのは、発言者である天梨が同情に近い面持ちを浮かべているからだ。

 まるで自分と重ねたような……そんな強い説得力を感じた。

 

「好きな人には自分以外の大切な人がいると知って、だったらそれ以上好きでいるのはただ辛いだけですから。そうして諦めるために普段通りに接しようとして、逆に意識し過ぎてしまってるのではないでしょうか?」

「……」

「そのせいでギクシャクして余計に拗れていって……加えて喧嘩までしてしまったら、もう前のような関係には戻れなくなるのではと……想いを伝えるどころか絶縁状態になってしまうだなんて、告白して断られるよりずっとずっと辛いことだと思います」


 ハッキリと確証があるわけじゃない。

 けれどもそう言われて思い出したのは、茉央と口論した時に見た涙だった。


 あの時……茉央は自分の失恋を悟ったって言うのか?

 分からない。

 茉央の気持ちも……天梨が苦しそうな表情をすることも。


 それでも……。


「誰かと関わる限り人間関係の諸問題は常に付きまとうものですが、本当にどうでもいいならギクシャクしても気にしないでしょう。そもそも『悩む』という行為は対象と向き合っている証拠ですし、友情か恋情かはともかくしっかりと悩んでいる時点で、和さんは相手の方との関係を真剣に考えられていますよ」

「そう、だといいけどな……」

「絶対です。私はそうだと信じていますから」

「……さんきゅ」


 天梨は、悩み続けることを間違っていないと言ってくれた。

 たったそれだけでも俺は目の前で広がる暗雲の中に光明が見えた気がする。


 俺が今考えるべきことは茉央と付き合うとかじゃない。 

 彼女とどう仲直りするのか……他の事はそれから考えればいいんだ。

 

「ありがとうな、天梨」

「私で良ければまた相談に乗りますよ。和さんは抱え込んで隠してしまうようなので、なんだか危なっかしいですし」

「──ハハッ。肝に銘じておくよ」


 相談に乗ってもらった礼も一緒に。

 そう心の中で決意し、俺は残りの配達に戻るのだった……。  

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