黒音に相談してみた



 ──木曜日の夜。

 

 三弥から聞かされた『茉央が俺に好意を懐いている』ということが、指にこびりついたインクのように思考にチラついて来る。

 仕事ではミスは無かったものの、どうにも集中しきれてない自覚があった。

 このままではいかんと仕事終わりに茉央と話そうとしたのだが、既に退社していたようで見事にすれ違ったため徒労に終わって項垂れているのが今の状態だ。

 

 帰路についている間も自宅に帰ってからも、ずっとモヤモヤして一向に寝れる気がしない。

 

 普通に考えれば喜ぶべきことなんだろう。

 けれども彼女から好意を向けられていると知った時、俺は歓喜よりも困惑の方が勝った。

 

 どうしてそう思ったのか……。

 これがまたよく分からない。


 そのせいで胸のモヤモヤはずっと燻っているままだ。

 良くない……非常に良くない。

 早く解決しないと今度こそ仕事に支障をきたす。


 そんな不安から、俺はスマホで久しぶりにアイツへメッセージを送って相談する。

 返信はすぐに来てくれた。


『久しぶり。今大丈夫か?』

『大丈夫だけどどうしたの?』

『相談したいことがある』

『いーよー』


 メッセージの相手──黒音は明日も学校だというのに、特に不満を零すことなく相談に乗ってくれるようで、自然と笑みが浮かんでくる。

 黒音に相談しようと思ったのは身内だからなのと、妙に茉央との仲を勘繰って来たことがあったので、彼女の気持ちを知っているのではないかと踏んだからだ。

 内容が内容だから変に前置きはせず、直球で問い掛ける文章を打ち込んで送信する。


『茉央が俺のこと好きかもしれないって知ってるか?』


 ……。


 あれ?

 すぐに既読が付いたのに3分経っても返事が来ない。

 寝落ちでもしたのか?

 

 ──ピリリリリッ!


「うおっ!? あれ、黒音から電話?」


 言いたいことがあるならメッセージで良いのにと思いながらも、電話に出る。


「もしもし?」

『アニキ! 今のメッセどういうこと!? ついに堺さんに告白されたの!?』


 スピーカー越しに聞こえて来た黒音は、声音だけでも分かる程に興奮していた。

 思わずスマホを耳から遠ざけたが、それでも妹の声はハッキリと聞こえて来る。

 というかこっちが尋ねたのは茉央の好意の真偽なのに、なんでいきなり告白されたと思ってんだ。

 

「い、いやされてはない。ちょっと色々あって仮にではあるけどアイツの気持ちを知っちゃった……みたいな?」

『色々って何!?』

「あ~今アイツとは喧嘩中というか……」

『喧嘩!!? アニキってば堺さんを怒らせるようなことしたの!?』


 おい。

 なんで俺が悪いって一方的に決めつけてんだ。

 信頼が無さ過ぎてお兄ちゃんちょっと泣くぞ?


 ……まぁ黒音の言うことも間違ってはないけども。


「なんでか最近よそよそしくな……それで問い詰めたら口論になった」

『えぇ~……それでなんで堺さんがアニキを好きかもって話になったわけ?』

「三弥に相談したらそうなんじゃないかって言われてな……」

『──(余計なことを……)』

「なんか言ったか?」

『なんでもなーい。まぁアニキが言いたいことは大体分かったよ』


 察しの良い妹で助かったよ。

 そう心の中で感謝の気持ちを浮かべながら続きに耳を傾ける。 


『悪いんだけどアタシの口からは言えない』

「え?」


 まさか回答を拒否されるとは思わず、呆けた声を漏らす。

 こちらの反応に構わず黒音は続ける。


『そもそも堺さんの気持ちが本当だとして、アニキはどうするの?』

「どう、って……」


 不意に選択を突き付けられて、そこから言葉が紡げない。

 

『堺さんと付き合うの? それとも断るの? 自分の気持ちすら定まってないのに人の気持ちを先に知ろうなんて、傲慢と言うか自分が受ける傷を軽くしようって魂胆にしか思えないよ』

「……」


 続けられた言葉にいよいよ絶句してしまう。

 俺自身が茉央をどう思っているのかの判断材料に、他でもない彼女の気持ちを加えようとしてた。

 つまり、妹が告げたことは当たらずも遠からずだと気付かされたからだ。


「悪い……そこまで考えてなかった」

『指摘されて認めないよりは自覚してくれて良いと思うけどね。あと、それで謝る相手はアタシじゃないでしょーが』

「──だな……」


 妹……それも高校生相手に説教を食らうなんて、大人としても兄としても情けない限りだ。

 そんな不甲斐無い自分に失笑するしかない。


 でも黒音に相談して気付けたことだけは、本当に良かったと思う。


「……どうしたら良いと思う?」

『彼女が出来る唯一無二にして千載一遇のチャンスだよ? とりあえず付き合って考えてみれば良いんじゃない?』

「とりあえずって、んな無責任なことが出来るか」

『別に付き合った相手と絶対に結婚しろ、なんて法律は無いじゃん』

「法律とかじゃなくて、相手をぬか喜びさせるだけになったらダメだろ」

『無駄に鈍感なクセに鬱陶しいくらい身持ちが固い! そんな女々しい考え方してたら婚期逃すよ?』

「なんで真面目な話をしてるのに貶されなきゃいけないんだよ……!」


 少しは兄を立てようとしてくれよ。

 そんなボロクソに言われると、人に好かれるなけなしの自信を失くすわ。


 あまなちゃんだって思春期と反抗期が来たら『加齢臭がキツイ』って嫌われるかもしれないんだし、そうなったらいよいよ生きていける自信が無くなる。

 神様仏様天梨様、お願いだからあの子だけは純真なまま育って下さい……!


『とにかく、アニキはちゃんと堺さんに対して気持ちを決めておくこと。少なくとも向こうが告白して来る前に振るとか、そんなサイテーなことはしないでよね!』

「……おう」


 実はよそよそしくなった理由に関して、多分それに近いことをしたかもというのは黙って置く。

 結局茉央の気持ちの確証や俺の答えは出なかったものの、黒音への相談は決して無駄ではなかった。


 溜め込んでいた気持ちをある程度吐き出せたためか、通話を終えた後は寝付けが良かったのかすぐにまどろみの底に沈むのだった……。

   

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