お祭りの日
星空が見えない程の灯りに包まれた河川敷には数多の屋台が並んでいて、大勢の人の喧騒で大賑わいを見せていた。
そう、ここでは以前あまなちゃんと行く約束した夏祭りが行われている。
あまりの人の多さに少し狭苦しい気持ちはあるが、それに耐えられるくらいに今日という日を楽しみにしていたのも事実だ。
ついこの前にその約束が無くなってもおかしくない衝撃的な事実が明らかになったが、あまなちゃんと天梨は無事に仲直りをすることが出来た。
俺も黒音も安堵し、こうして約束の日を迎えられたのだ。
「おにーさん! おねーちゃん!」
待ち合わせ場所が見えて来たとほど同じタイミングで、あまなちゃんが気付いて声を掛けてくれた。
明るい茶髪を小さなポニーテールのように束ね、赤色の浴衣にはウサギ柄の模様が入っていて、如何にも子供向けの浴衣といったデザインだ。
あまなちゃんの可愛さをこれでも跳ね上げる魅力的な姿に、自然と微笑ましい気持ちになる。
「こんばんは、あまなちゃん」
「やっほー、あまなちゃん。浴衣可愛いね! アタシも着てくれば良かったなぁ~」
「おねーちゃんのおようふくもにあってるよ!」
「ん、ありがと」
面倒くさがってTシャツにショートパンツという軽装の黒音が羨むように呟くが、あまなちゃんは一切の世辞が無い称賛を送った。
まっすぐな言葉に黒音も謙遜することなく感謝の意を返す。
そして、あまなちゃんの隣にいる天梨へと目を向けて……息を呑んだ。
艶のある濃い茶髪は下ろしておらず、赤い飾りが付いたかんざしに巻かれて普段は見えないうなじが露わになっていて、紺の布地に
「こんばんは、
「お。おっす……」
そんな天梨に微笑みを向けられながら挨拶をされるが、どうにも気恥ずかしさやら緊張やらが先行して少し素っ気ない返事になってしまった。
正直、彼女はあまり着飾ることを好まないと思っていただけに、良い意味で裏切られた気分だ。
元の顔立ちに慣れていた分、あまなちゃんや黒音が一緒とはいえこうして同伴することが出来るなんてどんな奇跡なのかと思える。
前までは苗字で呼ばれていたのだが、次の配達の日には名前で呼ばれるようになっていた。
まぁ天梨が周囲だけでなくあまなちゃんにすら隠していた秘密を知ったわけだし、2人が仲直り出来るように場を整えたことでそれだけの信頼を得られた証拠だろう。
ついでに配達日以外にも手作り弁当を受け取るようになり、俺の食事環境は大幅に改善されつつある。
こっちとしても毎日天梨の料理が食べられるので、不満なんてあるはずも無い。
う~ん、完全に胃袋を掴まれてるよなぁ……。
ちなみにこのことを黒音に話したところ、何やらニヤリと笑みを浮かべて『そう来たか』と呟いていた。
聞いてもはぐらかされるので、詳細は一切不明である。
そうやって思考に耽っていると、天梨が何やら顔を俯かせながらこちらへ何度も視線を送ったり逸らしたりし出した。
あぁ、しまったなぁ……。
動揺して言わなきゃいけないことを忘れてた。
「あ~……その、似合ってるよ」
もっとスマートに言えたら良いんだろうけど、俺としてはこれが限界だ。
尤も、感想を聞いた天梨は少し茫然とした後に……。
「──ぁ、そ、そう、ですか……そう言って頂けて、安心しました」
羽根が舞う様な笑みを浮かべた。
その表情に見惚れてしまうのは仕方がないだろう。
俺だけに向けられていると分かるのだから、意識しない方が異常だ。
ともあれ、はすみちゃん達との合流時間は花火が打ち上がる数分前となっている。
場所は天梨が知っているようなので、それまで4人で固まって行動することになった。
ただ……。
「なぁ黒音」
「なに?」
「これ、本当に大丈夫なのか?」
「もっちろん!」
こちらの不安とは正反対の自信満々な表情の黒音は、問題無しと太鼓判を押した後に「だって」と続ける。
「どっからどう見ても、アニキ達は家族っぽい!」
そう、周囲の誤解を避けるために俺があまなちゃんの右手を、天梨が左手を握るという川の字で並んで歩いているのだ。
大好きな二人に挟まれてあまなちゃんは大変嬉しそうだが、俺と天梨は終始恐縮しきっている。
天梨は俺に迷惑を掛けていないか不安だろうが、そんなことはない。
2人と家族っぽいということは、俺が天梨の夫であまなちゃんの父親役なわけだ。
美人な嫁と天使な娘がいるように見られて嬉しいと言えば嬉しいが、それ以上に恐れ多い……あまりに役者不足ではないだろうか。
写真で見たあまなちゃんの父親が爽やかなイケメンだっただけに、なおさら俺で良いのかという不安が尽きない。
「悪いな天梨。黒音が変なことを言って……」
「い、いえ、はぐれないための理に適っていますから……私が相手で和さんの迷惑かもしれませんが……」
「いやいや、それは俺のセリフ。天梨みたいな美人と並んで歩けるだけでも得した気分だって」
「──っ! ど、どうしてそんなズルいことを言うんですか……!」
正直な気持ちを打ち明けた途端、天梨は耳まで赤くして顔を背ける。
何か呟いたようだが、生憎と他の人達の喧騒で聞き取れなかった。
「何か言ったか?」
「何でもありません!」
一応尋ねては見たのだが、強い語気で否定されてしまったのでとりあえず流す事にした。
俺に知られたくないことなのだろうか……。
そう思って追究は止めたのだが、後ろの黒音から呆れた視線を向けられているような気がする。
なんでだ……。
「あまなはママとおにーさんといっしょでうれしーよ!」
そんな俺達に対して、あまなちゃんが自らの想いを口にした。
その表情は幸せ一杯に満ちた笑みで、淀みの無いまっすぐな感想だと伝わって来る。
「──なら良かった。俺もあまなちゃんと一緒に歩けて楽しいよ」
「……そうですね。こうしてお祭りに来れて良かったです」
「えへへっ」
どっちが相手の迷惑になってるとか、そんな謙遜の繰り返しをしていたのが馬鹿馬鹿しく思える程に、俺と天梨はいとも簡単に毒気を抜かれる。
大人二人揃って子供一人に敵わないと明らかになった瞬間だった。
黒音からも微笑ましいものを見る眼差しを向けられ、夏の暑さとは違った熱を感じながらも俺達は屋台の散策を始めるのであった。
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