どの会社でも変わらないらしい
俺と南さんの会話に横から割って入ったのは、如何にもチャラい感じの2人のOLだった。
片方は金髪、もう1人は茶髪だ。
南さんを先輩って呼んでいたことから、彼女が務める会社の後輩だろう。
ただ、そのあからさまな態度から尊敬の念は一切見受けられないが。
そんな彼女達に、南さんはいつもの冷淡な面持ちを向ける。
「
「っぷ。なにマジになってんですか? ジョークに決まってるじゃないですかぁ~」
「大体、そっちの人と南さんじゃ吊り合わないし」
おい、いくら事実でも口に出されたら傷付くハートは持ってるんだぞ?
しかし、どうにもこの態度はイラつくな……こういう生意気なのはウチの会社にも居たけど、半年くらいで俺達先輩と同じ屍になって大人しくなっていた。
けど、南さんの後輩とは思えないくらい性格悪いな。
何か恨みでも買っていたりするのだろうか?
「すみません。彼女達は職場の後輩なのですが、どうにも嫌われているようでして……」
「それは見れば分かるけど、なんでこんな風に突っ掛かって来るんだ?」
ソッと隣で耳打ちする南さんに内心ドキドキしながらも尋ねる。
空気読めと言われても、めっちゃいい匂いするし……。
いやいや落ち着け……南さんはあまなちゃんの母親だ、意識するなよ俺……!
突如降って沸いた邪念を払いつつ、話に耳を傾ける。
「よく職場の同僚である男性から食事に誘われるのですが、知っての通り私には天那のためにそんな時間は割けません。なのでいつもお断りしているのですが……」
「あー納得。あの2人が関心を向けていた人の誘いを断ったことで、調子に乗ってるっていう女性同士のやっかみか」
「えぇ……」
南さん美人だもんなぁ……子持ちって解ってても旦那がいないなら、チャンスあるんじゃねってなるのも無理はない。
堺もそういうやっかみに巻き込まれたって聞いた事あるし、そういうのは職種関係無しに同じみたいだ。
「しかも、その方からは未だに誘いを受けることが多くて……どうして私みたいな子持ちに執着するんでしょうか?」
「──え!?」
南さんってば自分の容姿に自覚無いの!?
道端ですれ違えば10人中10人は振り向くだろう美人なのに!?
多分、そういう無自覚なところが余計に不満を買ってるんだろうなぁ……。
本人が自覚していないところにも、嫌われている要因があったみたいだ。
「南さん狙いなら止めておいた方が良いですよぉ~?」
「だってその人出来婚で子持ちな上にバツイチだし~」
「は……?」
ケラケラと笑いながら告げられたあまりにもふざけた言葉に、俺は思わず耳を疑った。
南さんの事情は俺も聞かされているが、どこにもそんな風に嘲笑う要素は無い。
むしろ、彼女は俺より年下だろうに俺以上に人として立派にやっている方だ。
そして何より、二人の言葉はあまなちゃんの存在を否定しているようで、到底見過ごして良い物じゃない。
今すぐにでも手が出そうになるが、肝心の南さんが黙って堪えている状況で俺がしゃしゃり出ても意味が無いと足を止めて踏ん張った。
その南さんは依然として冷たい表情を後輩2人に向ける。
「早川さんが私をどう思うと彼の自由です。それに対してあなた達が指図する権利などありません」
「(ウザッ……)でも事実じゃないですかぁ~」
「ええ。私は亡くなった主人を愛していますし、娘のためにも新しい恋愛に時間を割くつもりは毛頭ないですから」
後輩2人は相変わらずバカにしたような態度だが、南さんはそよ風を受けたように冷静だ。
過去にもこういう手合いに何度も絡まれて来たことで、一種の慣れすら感じさせる。
彼女があまなちゃんのために余裕を無くしているのも、他人から不快な干渉を避けるためでもあるのか。
いらぬお節介のありがた迷惑と言うか、南さんからしたら世間にどれだけ敵がいるのか想像もつかない。
そんな風に垣間見えた彼女の苦労に感嘆を覚えていると、俺の耳にある言葉が聞こえた。
「出来婚で産んだ子供を育てるとか、理解出来ないし……」
「別に理解してもらう必要もな──」
「当たり前だろうが」
「え、早川さん……?」
気付けば、南さんの言葉を遮って反論していた。
後輩2人はもちろん、南さんも突然のこと驚いているようだ。
けど、今はそれに構っている余裕はない。
「この人がどんな思いで子供を産むって決めたのか、旦那のいない辛さに耐えて娘のために頑張ってるのか、本人にしか分からない事を赤の他人のお前らに理解なんて出来るわけないだろ」
「──っ!」
男の……それも独身の俺には縁があるかも分からない子育てを、南さんは旦那を亡くしても放棄する事無く、懸命に続けているんだ。
そういう意味では彼女は人として真っ当だと言えるだろう。
少なくとも、目の前の他人を見下して浅ましい優越感に浸るやつよりはよっぽどな。
「はぁっ!? 南さんの前でカッコつけてるわけ? そーゆうのダサいんですけど?」
「いいや? 単純にお前らが気に入らないだけだよ」
「キッモ。別にアンタがどう思うが関係ないし」
「こっちだってどう思われようが知ったことじゃねえよ」
俺の言い分に反感して、こっちへ突っ掛かって来る2人の言葉を受け流す。
今この場で俺がどう言われようと意味はない。
だって俺は2人の言葉にムカついてるだけで、論破しようだとか微塵も考えていないからだ。
けど、どれだけ南さんが手慣れていようとも何にも思わないはずがない。
好きな人と付き合って結婚して命を育んだのに。
その間にどれだけの苦悩があったかを考えもしないで、自分の不満の捌け口の材料にする無神経さに晒されて辛いわけがない。
そして相手は職場の後輩だ。
溜まりに溜まった不満をぶつけて、今以上に関係を悪化させるわけにはいかないだろう。
──だから、俺の不満をぶつける。
「人の幸せに嫉妬してる暇があるなら、さっさと自分の幸せでも探して来いよ」
「っ、えっらそうに! もういいわ!」
「女の敵!」
思い切りバカにした目を向けて言ってやると、2人は負け惜しみ気味な言葉を発してからそそくさと去って行った。
「ふぅ……言いたいこと言ってスッキリしたぜ!」
「……」
「南さん?」
「っ! な、なんでしょうか?」
ぶっちゃけストレスが軽くなった。
たまには不満を口にするのも悪くないな。
そう思いながら南さんに声を掛けると彼女は呆けていたようで、肩を揺らして少し狼狽しながら返事をした。
「いや、俺はそろそろ配達に行きますって言おうとしただけなんですけど……」
「あ、そう、ですか……私の事情に巻き込んでしまって、申し訳ございません」
「ははっ、そんなの気にしてないですって。南さんの頑張りを否定したらあまなちゃんのことを否定しているように聞こえただけなんで、俺が勝手に首を突っ込んだだけですし」
「──あなたは……いえ、何でもありません」
「そっか。それじゃ」
何か言いたげではあったが、マジに時間が押してるので俺は南さんと別れて配送車に乗り込む。
移動中に買ったおにぎりを頬張ったのだが、やはり彼女の言う通りもう少し栄養に気を遣った方が良いかと思い直すのだった。
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