寂しさの理由
南さんと別れたあと、四方八方へと配送車を走らせて配達している内に、気付けば時刻は午後の4時を過ぎていた。
正直に言おう。
仕事がめっちゃ押してるわ。
そもそも、昼飯をサッと買って済ませるだけだったはず。
南さんと会ったことはともかく、ムカつく後輩を追い払うなんて時間を無駄にしてしまった。
あんな風にカッコつけておきながら後で忙殺されてるとか、軽く黒歴史に登録出来るやつだ!
う~ん……今からあまなちゃんの元に行くとは言え、今日は本当に時間が無いから話す余裕もないなこれ。
……あまなちゃんに会う時間を割いて、後の仕事をちょっとだけ遅らせば──いやいや、そんな不誠実なことをしたらダメだ!
とはいえ、南家に食材を配達したらちょっとだけ余裕があるし──だから考えるなバカ野郎!
何度も邪な気持ちが横やりを入れて来るが、その度に俺は首を横に振って必死に堪える。
とにかく配達を済ませよう。
そう気持ちを落ち着かせて、俺はマンション『エブリースマイル』の駐車場へと配送車を停めた。
車から降りて荷台の荷物を取り出そうとしたところで、聞き覚えのある甲高く元気な声が耳に入って来る。
「あ、おにーさんっす!」
「ホントだ!」
「こ、こんにちは……」
声の主は、あまなちゃんの友達であるはすみちゃん、智由里ちゃん、かなちゃんの3人だ。
ランドセルを背負っていないことから、ゴールデンウイーク中にあまなちゃんの家で遊んだ帰りなのだろう。
「こんにちは。さっきまであまなちゃんと遊んでたのか?」
「ぶっぶー! ただ遊んでただけじゃないっす!」
「明日の『じゅぎょうさんかん』のお話をしていたのよ!」
「え、えをかいて、パパとママにプレゼントするの……」
ほー、授業参観があるのか。
ゴールデンウイーク中なのに難儀なと思ったが、ある意味一番行きやすい時期でもあるかと納得する。
配送業者の俺みたいな勤務体制だと厳しいけどな。
しかし、そうかぁ……。
「俺は授業参観に親が来たことが無いから、みんなが羨ましいよ」
「「「え……?」」」
何気なくそう口にした途端、3人は愕然とした表情を浮かべて俺を見つめて来た。
しまった、何か勘違いさせたようだ。
言葉が足りなかったと気付いた俺は、慌てて付け加える。
「大丈夫大丈夫、そんな想像したような事じゃないから。親が来なかったのは単純に仕事が忙しかっただけだよ」
そう伝えると、3人は安堵の息を吐いた。
やっぱり勘違いさせちゃったようだ。
「よ、よかったぁ……」
「ウチら、よけいなこといっちゃったかとおもったっす」
「ビックリさせないでよ、おにーさん」
「悪い悪い」
大袈裟なと思わないでもないが、本気にする程この子達が心優しいのだと実感する。
あのあまなちゃんの友達だけあって、何とも胸が温かくなる思いだ。
ちなみに俺は大して気にしなかったが、妹は甘えたがりな時期だったこともあり、大変不満な様子だった。
今は強気な言動が目立つが、根っこは寂しがり屋のままなんだよなぁ……。
在りし日の兄妹仲を思い返していると、3人は『そういえば』とある疑問を口にした。
「ウチ、あまっちのママをおうち以外で見たことないっす」
「アタシも。ほいくえんの発表会の時も、あまなちゃんのママだけ来てなかったわね」
「か、かなも、みたことない……」
はすみちゃんと智由里ちゃんの会話に、俺は思わず耳を疑った。
どういうことだ?
あの娘ファーストなはずの南さんが、貴重な家族参加の行事に来てないってことか?
短い付き合いでも、彼女がどれだけあまなちゃんのために頑張っているのかを知っただけに、俺にはとても信じられなかった。
どの職種に就いているのかは知らないが、初めて会った時と程近い時間に仕事を終えているようだから、土日休みじゃないってことはないはず。
養育費を稼ぐための休日出勤をしてるって可能性もあるだろうが……直接聞いたわけでもないのに、変に考えるのはやめておいた方が良いか。
「そっか……」
「で、でも、あまなちゃん、さびしそうだったよ……」
「っ!」
『ママがおしごとをがんばってるのは、あまなのためだってしってるもん。さびしーけど、ママをこまらせるのはさびしーのよりイヤだから、あまなはがまんするってきめたの』
かなちゃんの言葉を聞いて、不意にあまなちゃんが口にしていた想いが浮かび上がって来た。
本当に小学1年生とは思えないくらい健気な子だ。
そんな認識を再確認して、俺は3人と別れた。
食材の入った荷物を抱えて184号室に向かい、インターホンを押す。
『はーい!』
「ウミネコ運送でーす。荷物をお届けに来ました」
『いまいきまーす!』
軽快な音が鳴って程なく、あまなちゃんが元気よく対応してくれた。
そうして玄関のドアが開き、3日ぶりに顔を合わせる。
今日は髪をツーサイドアップに束ねており、どの髪型も可愛く似合ってるなぁとほっこりした。
「いつもごくろーさまです!」
「はい、それじゃここに判子ね」
「はーい!」
いつものやり取りの後、何やら期待する眼差しを向けるあまなちゃん。
可愛い。
が、しかし……。
「ごめん、今日は忙しいからすぐに行かないといけないんだ」
「あ……ごめんなさい……」
ぐぅっ!!?
罪悪感で胸が痛い!!
でも申し訳ないが今日はマジに時間がないんだ。
ないんだけど……1つだけ尋ねたいことがあった。
それだけ聞いておきたい。
「あまなちゃん。はすみちゃん達に聞いたんだけど、明日は授業参観があるんだな?」
「あ、うん! ママはごぜんちゅーだけおしごとだけど、じゅぎょーさんかんはおひるごはんのあとだから、いけそうだって!」
「! そっか。なら良かったな」
俺の質問に屈託のない笑顔で答えてくれた。
どうやら俺の心配は杞憂だったようだ。
小学生になった娘の授業参観には、何としても行こうという南さんの意志が垣間見えた。
「それじゃ、また今度」
「うん、またね!」
そう安心した俺は、明日の健闘を祈りながらあまなちゃんと別れる。
めちゃくちゃ後ろ髪を引かれる思いだが、流石に2度も約束を破るわけにはいかないため、断腸の思いで配送車へと戻った。
──どうかあの親子の初めての授業参観が上手く行きますように。
後に、この願いは思わない方法で叶うことになることを、俺はまだ知らないでいた。
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