サンタクロースみたいなやりがい


 堺と気まずいまま別れた結婚式の翌日の金曜日。

 ゴールデンウイークだろうと、ウチは仕事が絶えない。 


 まさか堺に気になる人がいるとは思いもしなかった。

 あんなに顔を真っ赤にするなんて、よっぽど恥ずかしいカミングアウトだっただろう。

 結局誰なのかを教えてもらえなかったが、あれだけ彼女に想われているやつは幸せ者だな。

 

 そう考えながら、俺は購入した昼食を片手にコンビニを出る。

 買ったのはおにぎり3個とお茶だ。

 ラインナップが侘しいと思うなかれ。

 

 配達業の宅配員というのは、纏まった時間の昼休憩なんて存在しない。

 こうして運転しながら片手で食べて済ませられるやつが主流だ。


 だって楽だし効率的だし!

 あまなちゃんの前で腹を鳴らさない様に、今回は量も増やしてある。

 これなら大丈夫だろう。


「ん……?」


 コンビニの駐車場に停めてある配送トラックに向かっていると、見覚えのある後姿が目に映った。

 この場で会うとは思っていなかった物珍しさから、俺はその人に声を掛ける。


「こんにちは、──南さん」

「っ! ……こんにちは」


 俺の挨拶に肩をちょっとだけ揺らして反応を返してくれたのは、あまなちゃんの母親である南さん。

 出勤しているのでスーツ姿だ。

 まともに顔を合わせたのが初めて会った時と、勤務後の喫茶店での時だったが、綺麗な艶のある濃い茶色の髪が印象的ですぐに分かった。

 

 それにやっぱり美人だなと思う。

 現にコンビニ前ですれ違う男達が横目でチラ見してるし。

 だが既婚者で子持ちなんだけど。


 しかし、当の本人は俺に警戒心剥き出しのまま挨拶を返して来たが。

 なんでと一瞬思ったが、すぐに疑問は氷解した。

 何せ、第一印象が『娘と友達になっている見知らぬ成人男性』というある意味最悪なスタートなのに、自分と交わした約束を数日後に破ったからだ。


 これだけ聞くと俺がどうしようもないクズにしか思えないけど、俺は決して疾しい気持ちで何か企んでたりしていない。


 とにかく、南さんからの信頼度が著しく低いやつに道端ですれ違ったからと言って挨拶をしてくるとか、確かに警戒されてもおかしくないと思える。

 俺としてはあまなちゃんの母親だから仲良くしたいが、こんなに敵視されていてはそれも難しい。


 というか今もものすっごい睨んで来てる。

 嫌われまくってるのがひしひしと伝わってるよ。


「……えっと、こんなところで会うなんて奇遇っすね?」

「……どうして後ろ姿だけで私と分かったのか疑問が尽きませんが……えぇ、そうですね」


 え……これ、声を掛けた状況そのものを怪しまれてないか?

 俺、ストーカーに思われてません?


「あの、ホントに会ったのは偶然なんで……南さんの職場どころか職種も知らないですし……」

「……解りました」


 悪意が無いことを訴えると、南さんは呆れたように溜め息をついてからひとまず警戒心を解いてくれた。

 ええ、情けないのは百も承知ですから……。


「それで、なんの用ですか?」

「え? ただ知り合いを見掛けたから挨拶をしただけで、特には……」

「…………」


 深く考えないまま率直に答えたら、南さんの視線がさらに強くなった。

 針が刺さったみたいに居た堪れない……。


「……すみません」

「謝るくらいなら最初から声を掛けないで下さい」

「はい、仰る通りです」

 

 俺、南さんに謝ってばかりだなぁ。

 昨日堺と話した結婚生活の未来予想に『尻に敷かれそう』を付け加える必要があるかもしれない。

 相手は誰かは知らんけど。


 っと、そんな馬鹿なことを考えている場合じゃないな。

 

「それに、先日食事の管理を怠らない様にと忠告したのに、なんですかその寂しい食事は?」

「うぐっ。し、仕方ないだろ! 配送業者はこんなもんだよ!」

「だからといって、もう少し栄養に気を遣ったラインナップに出来たはずでは? おにぎりの味もシーチキンに昆布に梅……野菜がないじゃないですか」

「ぐぎぎ……」


 何も言い返せない。

 で、でもシーチキンマヨ美味いじゃん!!

 

「そういう、南さんは……?」

「露骨な話題逸らしですね。まぁ、私はお弁当を作っていますが、コンビニに来たのは飲み物を買うためですよ」


 あ、はい。

 完全に敗北っすね、これ。

 よくよく考えたら子供いるんだから、栄養管理くらいキチッとしてて当然でした。

 負け惜しみにしても、情けなさ記録更新級の失言だわ。


「早川さんは自炊をしないのですか?」

「忙殺の日々なんで、食えなくはないレベルから一切成長してない」

「……部外者の私が口出しすることではないですが、転職を考えられた方がよろしいのでは?」


 南さんから憐みの眼差しを向けられた。

 自炊すらままならないのは、客観的に見ても相当まずいらしい。


 ただなぁ……。


「考えなかったわけじゃないですけど、やりがいがないわけじゃないですから」

「やりがい?」

「あまなちゃんに『ご苦労さまです』って言ってもらえた時なんて、サンタクロースの気持ちがめっちゃ分かった気分になるくらい、仕事の励みになるんですよ。何事も労ってもらったりお礼を言われる方が嬉しいじゃないですか」


 少なくとも、俺はそう思っている。

 配達量は多いし長時間運転もザラだが、それらは決して無駄じゃないはずだ。

 自己満足や偽善と言われればそれまでだが、そんな穿った見方をするよりずっと気楽で親しみやすい。

 

 俺の言葉を聞いた南さんは、ジッとこちらを見つめてきた後に息を吐いて……。


「あなた、本当に私との約束を守る気はあるんですか?」

「ありますよ。それに仕事上の付き合いなら配達してお礼を言われるなんて普通ですし」

「む……」


 お、南さんが言葉を詰まらせた。

 ちょっとだけしてやったりな気分になる。


「──早川さんは……」

「ん?」

「私のことを、疎ましく思ったりしないのですか?」

「え?」 


 その問いに、どういうことかと首を傾げる。


「なんでそう思わなきゃいけないんです?」

「は?」


 正直に思っている事を口にすると、南さんは呆ける様な反応を返した。

 

「南さんはあまなちゃんの母親として当然のことをしているだけで、こっちが南さんを疎ましく思うのは筋違いじゃないですか。むしろそう思われるのは俺の方ですし」


 南さんとの約束があるからあまなちゃんの癒しを受けられないのは事実だが、それは部外者である俺が彼女に不快な思いをさせたことが原因だ。

 なのに疎ましく思うなんて、逆恨みにもならないクズな発想としか思えない。


「……」


 そんな俺の考えを今の言葉で悟ったのか、南さんは当てが外れたように茫然としていた。

 そろそろ会社に戻らなくてもいいのかと呼びかけようとした瞬間……。




「あれ~? 南先輩じゃないですかぁ~?」

「昼休憩の間に男と逢引き中かなぁ~?」

「──っ!」


 侮蔑するような嘲りが混じる、嫌味ったらしい声音が横から飛び込んできた。

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