見つけたモノ
翌日……土曜日の朝。
昨日は思っていたよりもぐっすりと眠れました。
むしろ良い夢を見れた気さえします。
ただ、目を覚ました途端天那に負担を掛けない程度に挟んだ形で、和さんと寄り添い合っていましたが、何とか声を荒げることなく済みました。
あれは大変心臓に悪かったです……。
そうしていつものように朝食を用意して2人に食べて頂いたのですが……。
「──それじゃ、行って来るよ」
「はい、気を付けていってらっしゃい」
「いってらっしゃい、おにーさん……」
どこか暗い面持ちを浮かべながらも、和さんは新居探し最後の内見に出掛けました。
私も天那も、引き留めようとする体を理性で抑えながら見送ります。
一瞬、彼が後ろ髪を引かれるような眼差しを浮かべたように見えましたが、すぐに玄関を出てしまったので仔細は不明です……。
午前中の家事をこなしていく中、今後の生活が寂しくなる様相が頭から離れず、どうにも集中出来ません。
それは天那も同様なのか、普段は塗り絵をしたりして遊んでいるのですが、何も話さず思考に意識を割いてボーっとしているだけです。
それでも否応なしに時間は過ぎて行って、昼食を終えた頃には天那も外出の時間となりました。
元々西山さん達と遊ぶ予定だったようで、気分が優れないなら無理に行かなくても良いと告げたのですが、約束したからと天那は笑みを繕って行ってしまいました。
恐らく、友達と遊ぶことで沈みそうになる気持ちを誤魔化そうとしているのかもしれません。
あの子なりに割り切ろうとしているのなら、私が口を挟むわけにもいきませんね……。
「……ふぅ」
午後の家事もひと段落して、ソファに腰を掛けながら息を吐きます。
土曜日なので仕事は休みですし、和さんも天那もいない1人の時間は久しぶりですね。
普段なら手放しに落ち着けるはずですが、私の胸中には孤独感が渦巻いています。
如何に自分が天那と和さんの存在に支えられているのかを実感しました。
ずっと2人の前で弱みを見せられないと気張ってきたせいでしょうか……?
いずれにせよ、今日で和さんは新居が決まるはずです。
今年中にはそちらへ引っ越すでしょうし、その時まではキチンと割り切れると思いたいですが……。
「──離れたく、ない……」
胸の中で孤独感が大きく燻りました。
どうやら天那だけでなく、私も我が儘になってしまったようです。
「和さん……」
名前を呟くだけでも、胸の高鳴りは抑えられません。
恋愛を楽しんでいた
あの子が
その時、普段から明るい彼女が殊更明るく見えたのはハッキリと思い出せます。
今思えば、瓜二つの妹が恋をしていたことが羨ましかったのでしょう。
仮に2人が事故に遭わずに生きていたとして、天那と私が別々に過ごしていたら……。
和さんに恋をしていたのでしょうか……?
『──俺からすればそんなたらればより、今の方がずっと心地良いよ』
「──っ、本当に……和さんはズルいです……」
1人になったせいでナーバスになってしまったみたいです。
傍にいないはずなのに、考えてもキリがないことに思考を割くなと苦言を呈された気分でした。
そうです。
何も遠くに引っ越してしまうわけではないのですから、将来的に一緒になれるようにアプローチを強めればいいだけじゃないですか。
押し潰されそうだった心を持ち直し、夕食のメニューを考え出している内に玄関のドアが開かれる音が聞こえてきました。
時間を見れば午後3時過ぎ……考え事をしていると時間はあっという間に経つと思い知らされます。
そんな個人的な心象はともかく、帰って来た相手を出迎えるために玄関に向かいました。
「あ、和さん。おかえりなさい」
「ただいま……」
帰って来たのは新居探しのための内見に行っていた和さんでした。
今朝とは打って変わって何か決意を宿した眼差しに、とうとう新居が決まったのだと察します。
胸に走る痛みを押し殺して、少しでも和さんが気兼ねなく引っ越せるように作り笑いを浮かべて出迎えます。
「新居、決まったんですね。今夜は記念にご馳走にしましょうか?」
「いや……それは必要ないよ」
「いえいえ、遠慮なんてせずに食べたい物があれば作りますから──」
「だから記念も何も……
「──……え?」
思いもよらなかった返事に、私は目を丸くして呆けた声を漏らしました。
遅れて正常を取り戻した思考で言葉を飲み込んで、行き着いた答えを口に出します。
「えぇっとそれは一から探し直す……ということでしょうか?」
「いいや。もうすっぱり白紙にした」
「ど、どういうことですか!?」
あっけらかんとこれまでの労力を捨て置いた発言に、いよいよ戸惑いを隠せずに詳細を尋ねてしまいました。
あんなに悩んでいたのに白紙……?
訳が分かりません……。
「今日回った2件とも、確かに良い部屋だったけど
大いに慌てる私と違い、和さんは然程後悔を見せない面持ちで経緯を明かします。
その語り口は憑き物が落ちたように軽快で、どこか晴れやかだとすら感じました。
一体、朝から今までに何があったのでしょうか?
そんな疑問を浮かべる私を他所に、和さんは柔らかな笑みを立てて続けます。
「そうやってちゃんと目を向けて見て……やっと見つけたんだ。俺にとっての幸せが何なのか」
「和さんにとっての、幸せ……?」
どうにも言いたいことが掴めず、困惑するばかりです。
そんな私に対して和さんは深呼吸をしてからまっすぐ見つめて来ました。
出会ってから数え切れないくらいに見て来た黒い瞳に見つめられて、無性に鼓動が早くなっていきます。
緊張で思考は真っ白で何も考えられそうにない中、彼はゆっくりと口を開いて……。
「──天梨。
「──俺と結婚してくれないか……?」
ただ真剣にそう告げて来ました。
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