温かな幸せに包まれて
天那からの一生のお願いである『3人で同じ布団で眠りたい』を和さんが受け入れました。
そうと決まれば準備に取り掛かるのは極当然です。
寝る場所に関しては、3人分の布団を並べるためそれなりの広さが必要でした。
最も広い部屋はリビングなのですが、時間帯も考慮すればテーブルを動かしては近所迷惑になってしまいます。
なので2番目に広い部屋である、和さんに貸していた部屋に布団を並べることになりました。
そうして並べた布団は、私と和さんの間に天那が挟まる形となったのです。
これ、どう考えても川の字ですよね……?
同じ結論に至ったのか、和さんも顔色が少し赤い気がします。
言い訳させて頂きますと、天那が率先して真ん中が良いと名乗り上げたためにこの形になっただけで、それ以上の意図は決してありません。
和さんと隣にならなくて、安心すればいいやら悲しめばいいやら複雑な心境ではありますが、少なくとも寝れないという事態は回避出来そうです。
ともあれようやく天那の希望通り3人で同じ布団に入ったわけですが……。
「えへへ~♪ ママとおにーさんといっしょで、かぞくになったみたい」
「周りから見たらそうなるんだろうなぁ……確か遊園地でもこんな感じになったよな?」
「ふふっ。そうでしたね」
嬉しそうな天那の言葉に、和さんが賛同します。
その流れで過去にも似たような例があったと挙げますが、確かにそうだったと相槌を打ちます。
最初はどうなるかと思っていましたが、いざ始めると緊張は程遠い安心感を懐いている自分がいました。
なんと言いますか……今の形がとても自然に感じます。
こうありたいという理想の形が実現したような、そんな穏やかな気持ちですね。
その気持ちを感じ取ったのか定かではありませんが、不意に毛布の中で私の左手が握られました。
握って来た手の大きさから、天那の手だと分かります。
「あまなちゃん? 急に手を繋いでどうしたんだ?」
加えて私だけでなく和さんの手も握っているようです。
突然の行動に対して問い掛けられた天那は、左右を一瞥してから答えました。
「あまなね、ママとおにーさんがだいすきだよ。それで、だいすきなひとがとなりにいるときって『りょーてにはな』っていうんでしょ? ちゆりちゃんにおしえてもらったの!」
そう語る天那の表情は眠気を感じさせない程に晴れやかです。
普段は2人の異性に挟まれた意味が有名ですが、2つの良い物を手に入れたという意味でもあります。
天那が口にしたのは後者の意味でしょう。
それだけ、この子にとって私と和さんの存在は特別なのだと伝わってきます。
そうだと分かれば、微笑ましさでこちらまで嬉しくなってきますね。
「両手に花、か……天梨なら納得出来るけど、俺は花っていうより雑草じゃないか?」
「和さんが大好きな天那からすれば草だろうと花に変わりありませんよ」
「そういうもんか……?」
「そーゆーもの!」
「さいですか……」
自信満々に褒められたことが気恥ずかしいのか、和さんはいつも通り自己評価が低い感想を口にします。
けれども、私と天那にとっては花であることに違いありません。
何かを好きだと感じる人の感性は千差万別です。
全員が同じ物語を称賛しないように、万人に好かれる事柄は絶対に存在しないでしょう。
中には、その人が好きなこと理解出来ずに攻撃的な反応を示す人だっています。
そんな中で、天那は私と和さんを選んでくれました。
母親として、1人の人間としてこれほど嬉しいことはありません。
「えへへ……ママもおにーさんも、おてて、あったかい、なぁ……」
確かな幸せを感じながら、天那はあっという間に眠ってしまいました。
いつもの就寝時間を過ぎてますから、安心感から気が緩んだんでしょう。
とても穏やかな寝息を立てていて、手を離したら起こしてしまいそうです。
「寝ちゃったな」
「はい……」
「……」
「……」
和さんの呟きに相槌を打ってから、お互いに黙り込んでしまいます。
とはいっても気まずさはなく、このまま静かにしている内に天那につられて眠ってもおかしくない程、心は落ち着いていました。
「──天梨」
「はい?」
やがて、和さんから小声で呼び掛けられました。
天那を起こさない程度にゆっくりと顔を向けます。
そうして目を合わせた和さんの表情は、今までに見たことが無い程に和らいだ笑みを浮かべていました。
「今朝は……悪かったな。あんな悲しませるようなこと言ってさ……」
けれども、紡がれた言葉は謝罪でした。
表情と言葉が嚙み合っていないことが不思議で、どう返事をすれば良いか判断に困ります。
ですが、誤魔化すのはなんだか違う気がして……。
「本当ですよ。和さんがこの生活を続けることに負い目を感じていたなんて、家主として恥じるばかりです」
「いや負い目っていうか……家賃を払ってるわけでもないのに食住を担って貰ってるのが忍びなかったというか……」
「それが負い目を感じているということです。それに私は恩を押し付けるわけでもお金が欲しくて和さんに部屋を貸したわけではありません。その理由は今の生活を提案した時に話したはずですよ?」
「……」
否定する言葉が浮かばないのか、一通り耳を傾けた和さんから反論はありません。
この人はいつもこうです。
どんな時でも自分を下に置いて、相手からの施しを中々素直に受け取らないくらい自尊心が足りません。
どうしてこんな性格に至ったのか、彼の過去をロクに知らない私には分かりません。
ですが、今までの付き合いを通してこれだけはハッキリと言えると胸を張れます。
「お返しなんて、和さんが
「なんで、そこまで……」
──好き、だからです。
戸惑うばかりな彼にそう言いたい気持ちを押し殺して口を噤みます。
きっと自分がいるだけだなんて大した対価じゃないと思っているかもしれませんが、本当にそれだけで十分なんですよ。
気付いてますか?
あなたと会ってから天那が我が儘を言うようになったことを。
気付いてましたか?
私が雰囲気が柔らかくなってよく笑うようになったと、職場で言われるようになったことを。
全部、和さんがいてくれたからなんです。
天那と2人だけでいいなんて家族以外を敵だと思い込んでいた私に、確かな幸せを感じさせてくれた。
感謝の気持ちも好きな気持ちも溢れて、本当はずっとにここにいて欲しいと甘えたくなるのを必死に耐えているんですから。
だから、これだけは言わせて下さい。
「──幸せ、ですから」
「──……」
「話はこのくらいにして、夜更かしはおしまいにしましょうか」
「え、あ、あぁ……」
眠るために照明を切っていて良かったです。
冬で寒いはずなのに、顔はのぼせたように赤くなっているはずですから。
悟られないように顔を逸らしながら話を切り上げます。
和さんがどんな表情をしているのか、心臓がうるさくて眠れるかどうかは分かりませんが、少なくとも胸に温かさを感じさせてくれる幸せだけは忘れないように記憶に焼き付けておきましょう。
なんだか良い夢が見られそう……そう思って程なくして、眠りに就きました。
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