ごめんなさい



「──それ以降に関しては、天那や早川さんがご存じの通りです」


 一通り経緯を語った天梨がそう話を締め括る。

 その間、やまとも黒音も天那も揃って言葉も出ない程聞き入っていた。

 父親に関しては和はある程度聞き及んでおり、天那も自身と天梨だけの家庭環境でそれとなく察していたのだ。


 初見の黒音にとっては驚きの連続であろう。

 しかし、何より3人が驚かされたのは天梨が天那の伯母で、実の母親が彼女の双子の妹だとは予想だにしなかった。 


「早川さんと黒音さんの気の置けない会話を見た時、正直びっくりしました。外見も年齢も違うはずなのに、由那がそこにいるような気がしましたから」

「あ、アタシ?」

「すみません、私の勝手な感傷ですから気にしないで下さい」

「は、はぁ……」


 ──黒音と会った時、やけにしみじみとしていたのはそういうことか。


 天梨の双子の妹である由那の人物像を聴いた時、溌溂とした感じや家族想いな点は和は密かに黒音に似ていると感じていた。

 天那だけは意味が理解出来ていないようで首を傾げている。


 そこで天梨は咳払いをして口を開く。


「……これまでの話で分かったと思いますが、本来私には天那の母親代わりになる資格なんてありません」

 

 そう語る天梨は、自虐に満ちた物言いで失笑する。

 由那ゆいな辰人たつひとが事故に巻き込まれたのは、自分も原因の一つだと責め立てる証拠だ。

 

 確かに事故があった日に天梨が外出を提案しなければ、少なくとも横転したトラックに撥ねられることはなかったかもしれない。

 

「でもそれは、どうしようもないだろ? 誰だって予想出来るわけじゃないし、天梨は純粋に2人を想って提案したことなら──」

「それでも、私が自分を一番許せないんです」


 もちろん、天梨も拡大解釈だと自覚はしている。

 だが全く無縁というわけではないことこそが、その自罰的な考えに至らせる理由になっていた。

 

 そんな彼女に和も黒音も口を噤む中、天梨は天那に顔を向ける。

 目が合った天那は小さく肩を揺らすも、逸らすことなく真っ直ぐに見据えた。


「天那、私の我が儘で本当のことを隠してごめんなさい」

「……」


 天那は口を閉じて何も答えない。

 本当の母親のこと、天梨のこと、うそつきだ大嫌いだと言ってしまったこと、それらに対する複雑な感情が入り乱れているからだ。


「謝って許されることじゃないのは解っています。私のことは嫌いなままで構いません、ママと呼ぶ必要もありません……ですが、せめてあなたが大人になるまでは育てさせてくれませんか?」


 その葛藤を悟った天梨は、それでもと胸の痛みを押し殺して続ける。

 もう以前のようにいられないのは覚悟の上で告げられた言葉に、天那は目を丸く見開いた。


 和と黒音は口を挟まない、挟めない。

 天梨から投げ掛けられた質問に答えられるのは、まだ小学1年生の天那だけである。

 幼い少女に随分と酷な選択肢を突き付けた状況だが、2人は固唾を呑んで見守ることしか出来ない。


 やがて、天那は椅子から降りて天梨の傍に歩み寄り……。


「──わかんない」

「え?」


 今にも泣き出しそうな悲痛な面持ちを浮かべて発した。


「あまなは、ホントーのママがどんなこえしてるか、どんなひとなのかわかんないよ」


 残酷ではあるが当然とも言える言葉だった。

 由那が亡くなったのは天那が産まれて一月が経った頃であるため、記憶に残ってる方が稀だろう。

 

 そのまま天梨の服の裾を摘まんで、天那は目尻に涙を浮かべて続ける。 


「あまながしってるのは、ここにいるだけだもん」

「で、ですが私は天那の母親では──」

「ママだもん! ホントーのママじゃなくても、あまなのママはママだけだもん!」 

「──っ!」


 その言葉に、天梨は目を見開いて驚愕させられる。

 いくら由那のことを聴かされても、それは『南由那』という人物像を知っただけであり、彼女が実の母親だという実感には程遠いのだ。

 

「ウソを、ついたんですよ? 大嫌いだって言っていたじゃありませんか? それでも、私が天那の母親でいて良いんですか……?」

「ホントーのママがおいでっていっても、あまなはママのほうが、いいもん……ぐすっ、うぅぅ……」

「……」

 

 遂にポロポロと涙を流した天那に、天梨は本当に自分で良いのかと戸惑いを隠せない。

 それでも、天那は続ける。


「──ごめんなさい」

「え?」

「あまなのためにないしょにしてたのに、ウソつきっていってごめんなさい! あまなのことだいじにしてくれたのに、だいきらいなんていってごめんなさい!」

「そんな、天那が謝ることなんて……むしろ、私が……」


 ひたすらにごめんなさいと繰り返す天那に、天梨も瑠璃色の瞳に涙を浮かべる。

 しかし、どうしても由那と辰人に対する負い目が後一歩を留まらせているようだった。


「天梨」

「……早川さん?」  


 その一歩分の背中を押すために、和はそっと声を掛けた。


「天梨はさ、自分が本当の母親じゃないからあまなちゃんに好かれる資格はないって思ってるんだよな?」

「……はい」

「それ、全然違うぞ」

「え?」


 和の言いたいことが分からず、天梨は首を傾げた。

 やけに自信に満ちた表情で、和は天那の心境を代弁する。


「あまなちゃんはな、母親だから天梨を好きなんじゃなくて、天梨自身が好きなんだよ」

「……」

「そうじゃなきゃこうやって『ママ』って呼ばないだろ?」

「──っ!」


 その言葉に天梨は自分がとんでもない思い違いをしていたと突き付けられた。

 天那が悲しんだのは実の母である由那が既に亡くなっていることではなく、他でもない天梨が母親ではないことの方が辛かったのだ。

 

 そう自覚した時には、もう天那を抱き返していた。

  

「──ありがとう……天那。私を……ママを好きになってくれて、ありがとう……」

「あまな、もうぜったいにママのこと、きらいにならないもん……」

「はい……私も、天那を嫌いになりませんし、ずっと大好きですよ……」

「うん……っ、うんっ、うわああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁんんっ!!」


 天梨と天那は揃って大粒の涙を流しながら、互いが大事だと気持ちを交わし合う。

 2人は心から親子になれたのだと、思わずにはいられない暖かな瞬間であった。 

 

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