幸せの誓いを交わしましょう ☆
遂にこの時が──天梨との結婚式を挙げる時が来た……。
天気は快晴、体調も万全だ。
だが気持ちは全く以って落ち着けていない。
何度リハーサルを重ねようとも、緊張で全身が強張っているし喉は乾いて舌が張り付く。
今日のために用意……もといレンタルした白のタキシードだって鉄の鎧かと思うくらい重く感じる。
リハーサルや最終打ち合わせの時ですら、天梨のウェディングドレス姿を見ていない。
それに合わせて指輪の交換も代替えで行ったため、サプライズ状態は依然続いたままだ。
そうであっても心の奥底から幸せが溢れて止まない。
矛盾した己の心境に苦笑する他ないが、今は式を成功させることだけに意識を集中しようと表情を繕う。
「──それでは、新郎の入場です」
進行を務める牧師の指示に合わせてバイオリンの演奏が始まり、それを合図に式場として選んだ教会の礼拝堂へと入る。
瞬間、神聖と言っていいのか、厳かな空気感に肌がひりついた。
上部にある芸術的なデザインのステンドグラスが、陽の光を浴びて今日という日を祝福するかのように輝いている。
その光に照らされている祭壇へ続く、白いバージンロードをゆっくり歩いて行く。
右側には新郎側──つまり俺の両親と妹、親戚や友人が列席している。
視線だけ向ければ、ドレスコードに身を包んだ親父達や黒音はもちろん、招待した三弥や茉央を始めたとした友人達の姿があった。
左側には新婦側──天梨の親族が列席しており、俺からすれば義母となる真由巳さんが最前列で、後方にはすみちゃん達とその親御さん達がいる。
声に出さないものの、遠目でも子供達の目は物珍しさに溢れていた。
祭壇の前に辿り着き、振り返って通って来た道を見やる。
今日のために集まってくれた人達にお礼の一言でも言いたくなるが、それは後に控えている披露宴でも出来るだろう。
列席している人達が起立したまま、式の行く末に固唾を飲んで待つ中……。
「続きまして、新婦の入場です」
遂にその時がやって来た。
間もなくゆっくりと扉が開かれて行き…………。
──純白のウェディングドレスを着た天梨に、ただただ目を奪われた。
亘平さんに手を引かれながら、天梨は普段よりも洗練された佇まいで優雅に祭壇へと歩いて来る。
足首すら見えない長いスカート部分にはこれでもかとレースや刺繡が施されていて、二の腕半ばまで覆っている手袋も真っ白だ。
露わになっている鎖骨も銀の首飾りを着けているためか美麗に思える。
ヴェール越しにうっすらではあるが見える彼女の顔は、筆舌にしがたい美しさを醸し出していた。
両手に持つブーケには、鮮やかな赤と黄色の花で彩られている。
黄色の花は2種類あって、1つは確かユリオプスデージー──花言葉は『夫婦円満』だったはず。
もう1つの花はフクジュソウ──あれの花言葉は『幸せを招く』というらしい。
どちらも俺と天梨の未来を願って選んだ花だ。
最後の赤い花はゼラニウムで、その花言葉は『君ありて幸福』……実はこの花だけは意味を込めた対象が別に存在する。
それは、今も愛おしい彼女と同じ瑠璃色の瞳をキラキラと輝かせている少女を指していた。
俺も天梨も、あまなちゃんがいるからこそ幸せなんだ…そんな気持ちを込めたブーケは、家族としての俺達の形を表したかのように思える。
そのあまなちゃんはというと、天梨の前を歩きながらバージンロードに花びらを撒いていた。
これはフラワーガールと呼ばれる、欧米では新婦入場の際に見られる演出の1つで、説明された時にあまなちゃんが真っ先にやりたいと立候補したのだ。
花びらを撒くのはバージンロードを清める意味があるが、ピンクのドレスを着て愛らしい笑顔を浮かべる姿に、自然と会場が笑顔に包まれていく……。
気付けば、全身に重く圧し掛かっていた緊張が解れていた。
自分が単純なのか、あまなちゃんの笑顔にそれだけの効果があったのか、真相は分からずとも厳かな空気を軽く出来たことから、まさにフラワーガールとして適任と言えるだろう。
──ありがとう、あまなちゃん。
そう心の中で愛娘に感謝の言葉を浮かべる。
そんな感慨深さに耽る間もなく、亘平さんから天梨の手を受け取り、祭壇前に向かい合う。
牧師が聖書の中から婚姻に相応しい愛の教えを朗読してから、神に祈りを捧げる。
何やら小難しい言葉が並べられるが、互いの愛を神に見届けてもらおうってことのようだ。
そして牧師からあの問い掛けが出される。
「新郎──和。あなたはここにいる新婦──天梨を、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい。誓います」
迷わず真っ直ぐに答える。
「新婦──天梨。あなたはここにいる新郎──和を、健やかなるときも病めるときも、富めるときも貧しいときも、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「はい。誓います」
天梨も同様に返す。
「──では、指輪の交換を……」
俺達の返答に牧師は恭しく頷き、指輪の交換するよう促される。
その掛け声に合わせて脇に控えていた職員が祭壇前に近付き、布に被せられていた指輪を取り出す。
ここで初めてお披露目となった結婚指輪は、本体部分が銀色でラピスラズリの宝石がはめられている、至ってシンプルなデザインだ。
ラピスラズリは仏教における七宝の1つである瑠璃とされていて、天梨とあまなちゃんの瞳の色と同じだったりする。
確か、ラピスラズリの石言葉は──『健康』『永遠の誓い』だったはず。
その意味を知ってか知らずか、自分の瞳と同じ色の宝石がはめられた指輪を見て、天梨が小さく息を呑む様子が伝わった。
俺も彼女のドレス姿に見惚れたし、お互いのサプライズは成功したと見て良いだろう。
そんな小さな達成感を味わいつつ、指輪を受け取って天梨の左手にある白くて細い薬指にはめる。
手袋はフィンガーレスタイプだから、外す必要は無いのはありがたい。
数多くある候補の中から一目見てこの宝石がある指輪にしようと即決しただけあって、天梨に非常に似合っていた。
次は天梨から俺の左手の薬指に指輪をはめられる。
こうやって同じ指輪をはめただけなのに、目に見えない線が繋がった感じがして、妙にくすぐったい気持ちだ。
世の中の恋人が、ペアルックを望むのはこういう繋がりを感じたいからかもしれない。
「それでは、誓いの口付けを……」
結婚式をするなら避けて通れない場面が来た。
でも俺達の間に緊張はない。
ゆっくりと、天梨の顔を覆う純白のヴェールを上げる。
改めて目を合わせた彼女は、今までで1番綺麗に見えた。
女性が1番綺麗な瞬間が結婚式の時とは、まさにその通りだと実感させられる。
それが愛しい相手なら本望とも言えるだろうが。
今日のために着飾った天梨は、幸せに満ちた微笑を浮かべる。
釣られて俺も頬が小さく動くのが分かった。
あぁ、そうだ。
今が幸せじゃないなんて思うはずがない。
もしかすると世界で1番の幸せ者だという自負すら芽生えて来る。
そしてその溢れんばかりの幸せを示そうと、どちらからでもなく互いの唇を重ねた。
これまでに両手でも足りないくらいに交わして来たキスだが、今日のそれは一際心が満たされたがする。
多少の名残惜しさを滲ませながらも口付けを終えれば、列席者達の拍手が木霊していく。
「この時を以って、2人の結婚は成立しました」
牧師がそう宣言し、長いようで短かった結婚式は閉式を迎える。
退場の時にも、列席している人達からフラワーシャワーで以って祝福された。
あまなちゃんも入場時と同じように花びらを撒き、それに付いて行く中──。
──天梨ちゃん、おめでとう……。
──おめでとう……天梨。
「──え?」
この会場にいる人達の誰でもない、初めて聞く男女の声が聴こえた気がした。
驚きのあまり頭が真っ白になる。
……今のは、誰の声だ?
幻聴かどうかを確かめるべく後ろに振り向きたいが、今はまだ式の最中だと首を横に振る。
とはいってもおおよその答えはすぐに分かったのもあった。
──絶対に幸せにします。
もしかしたら本当にただの幻聴で、自己満足でしかないことだってありえる。
だとしても、心の中で
それだけが今伝えるべきことだと思ったから……。
「──和さん?」
「おにーさん、はやくいこ?」
「え、あぁ。悪い」
2人に呼び掛けられ、自分の足を止めていたことに気付いた。
最後の最後でやらかしてしまった……そんな焦りから謝るが、彼女達はまるで気にした素振りを見せずに、笑みを向けてくれる。
天梨は幸せそうに微笑みながら俺に左手を差し伸べて……。
あまなちゃんは満面の笑みを向けて……。
開かれたドアの先に広がる青空の眩しさに負けない、笑みに応えるように彼女達と共に歩んで行く。
その先に確かな幸せを感じながら……。
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本エピソードの挿し絵が近況ノートに載っています。
↓近況ノートURL↓
https://kakuyomu.jp/users/aono0811/news/16817330664798924075
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