本番前の祝福
春の暖かさが目立って来た3月中旬……。
今日はアタシのアニキと天梨さんの結婚式が行われる日だ。
ようやく来たかという待ちくたびれた気持ち、もう来たのかと時間の早さに驚く気持ちが半々の心境だ。
普通に告白して付き合うことすらまだ先のことだと思ってたのに、交際期間ゼロ日のスピード婚なんて考えもしなかった。
いくら天梨さんがアニキを好きだって言っても、そんな唐突な結婚で良いのとか文句の一つでも言ってやろうかと思ってたけど、挨拶に来た時の2人……あまなちゃんを含めた3人の顔を見て口を噤む。
だって、すっかり家族の顔をしてるんだよ?
あんな幸せそうな空気に文句言って水を差す真似なんて出来るわけないじゃん。
そう思い返しながらもやるべきことをこなしていく。
というのも結婚式当日の受付をアタシが担当しているからだ。
まぁ基本的に来てくれた人達から祝福の言葉と共にご祝儀を受け取って、招待状を送った人の出欠を確認するくらいだから、難しいことはなんにもない。
っと、あの人達は……。
「本日はおめでとうございます」
「今日はおめでとうさん。久しぶりだなぁ黒音ちゃん」
「ありがとうございます」
アニキの元同僚の三弥さんと堺さんだ。
ウミネコ運送を辞めてからも、アニキとの仲は続いてるらしい。
親族側としての返答を出すと、三弥さんはいつもの調子でいたためか隣の堺さんに脇腹を小突かれる。
「コラ。こういう時くらいちゃんとする」
「へいへい。本日はおめでとうございまぁす」
「もう……新郎の友人の堺茉央です。こちらは有熊三弥と言います」
顔見知りだとしても礼節を欠かさない堺さんの礼儀正しさに尊敬の念を感じる。
ご祝儀を受け取って、
それを確認したら式場や披露宴における席次表を渡して、控え室で待ってもらうように告げる。
あぁそういえばこの2人って……。
「2人は最近どうなんですか?」
「和が結婚しちまうから次はオレ達だなって言ってんだけど、なっかなかオーケーもらえないんだよ。どしたらいい?」
「カズ君と天梨さんはレアケースよ。結婚に関しては、私はちゃんと恋人としての時間を築いてから考えるって言ってるでしょ? 焦らずにちゃんと待ちなさい」
「へいへーい……」
こんな風に、三弥さんの猛烈なアプローチの末に堺さんは告白を受け入れて付き合うようになった。
好きになってもらえたからって言うより、恋人として付き合ってから関係の良し悪しを確かめる、いわゆるお試し的な感じだけど。
軽い調子でいても三弥さんから堺さんへの愛情は確固たるモノだと思える。
だって好きな人が自分じゃない男を好きでいても、邪険にせずチャンスを待ち続けていたんだから、その想いの強さはアニキ達に負けてない気がする。
「オレは茉央ちゃんが好きだけどなぁ~?」
「この……っ、場所とタイミングを考えなさいよ。却下よ」
う~ん……この様子を見る限り、今年中にはこの人達も結婚まで行きそうだなぁ……。
身近な人達の恋模様を見ていると、アタシも華の女子高生なんだから恋愛の一つはしてみたいなぁとは思う。
が、如何せん今まで告白して来た男子が総じて体目当てというのが悩ましい。
あそこまで露骨だと、イケメンでもキモくなると嫌な教訓すら覚えてしまった程だ。
そんなことを考えながらも、堺さん達は控え室に向かって行くのを見送る。
さて次は誰が来るかな~……?
「本日はおめでとうございます」
あ、来た来た。
お礼の言葉を返そうと顔を上げると……。
──オールバックにされた黒が混じった金髪と、フォーマルスーツの上からでも分かる鍛えられた体格が特徴的のダンディな男性がいた。
え、誰この人?
少なくともアニキの知り合いにこんな人はいないから、天梨さんの関係者だとは思う。
でもこれだけのイケメンがいたのに、見向きもしなかったなんて……天梨さんはよっぽどあまなちゃんが大事なんだと分かる。
同時にそんな彼女と結婚にまで行きついたアニキもちょっとだけ……ほんっとーにちょっとだけ尊敬してしまう。
というかこの人付き合ってる人とかいるのかなぁ……?
ぶっちゃけると凄く好みだから聞いてみたい。
でも今受付中だしなぁ……。
「あの……大丈夫ですか?」
「え、あ、す、すみません。ありがとうございます」
呼び掛けられてようやく思考に耽っていた頭を目の前に戻す。
しまった、今は受付に集中しないと。
まぁここで名前を覚えておいて、後で天梨さんに聞けば良いか。
一旦はそう結論付けて男性と向かい合う。
目が合った彼は思わず見惚れる程の柔らかな笑みを浮かべる。
「私は新婦が務める職場の先輩で、
「黛さんですね。ではこちらの芳名帳に──え?」
名前を記憶に刻みながら記入を願い出ようとして、思考がフリーズする。
あれ……黛さんって聞いたことあるよ?
確か……去年の夏休みの時に、あまなちゃんやその友達も連れてプールに行った時に……。
え、いやいや……嘘でしょ、きっと同名の別人だよね?
そんな軽い現実逃避に対して、黛さんはパチンとウィンクを決めて……。
「今日は結婚式だから、メイクはしてないだけよぉん♡」
「うぼぁ……」
無理矢理現実を直視させられた。
メイクしてないだけでイケメンだとか変わり過ぎでしょ!?
いや確かに結婚式であのIK〇Oメイクはダメだって分かるけれどさ!?
なんかちょっと気になるかも……なんて思った自分が恥ずかしい!!
どうしてこんな日に黒歴史を作らないといけないのかと項垂れながらも、控え室に向かう黛さんを見送る。
はぁ~……受付の仕事に集中して早く忘れよ。
ひとまずそう割り切る。
程なくして、また顔見知りがやって来た。
「あ! クロねーちゃんっす!」
「久しぶりね!」
「えっと、ほんじつはおめでとーございます」
「ありがとうございます。久しぶりだね~チビッ子ちゃん達」
あまなちゃんの友達であるはすみちゃん達と、その保護者方だ。
子供達は少しだけ背が伸びてるけど相変わらず元気だし、今日のためにおめかししてるのが可愛い……。
黒歴史を作ってしまった悲しみも、子供達の笑顔を見れば簡単に吹き飛んでいった。
そうして話も程々に芳名帳に記入してもらっていると、ふとある名前が目に留まる。
──メイスン・東野・衣代香さん……かなちゃんのお母さんだ。
あぁそう言えばこの人は……。
「あの衣代香さん」
「はい?」
「衣代香さんには新居探しの件で、兄がお世話になったって言ってました」
アタシが衣代香さんのことを知っているのは、結婚に至る経緯をアニキから聞く中でこの人の名前が挙がったからだ。
新居探し中だったアニキにコツとして送ったアドバイスが、巡り廻って自分の気持ちに気付かせてくれたって、めちゃくちゃ感謝していたからよく覚えている。
あまなちゃんがアニキと天梨さんを繋いだキューピッドなら、彼女は背中を押してくれた影の功労者だと思う。
何せあの超絶鈍感なアニキが、無意識に出来上がっていた天梨さんへの好意に気付けたのだから。
今日の結婚式はこの人が担当になってくれなかったら実現していなかったことすらありえた。
それに、アニキが新居探しを止めたってことは、売り上げを出せなかったことでもある。
にも関わらずお客さん第一の姿勢を貫いたのは、いずれ自分も数えられる社会人として立派だと思えた。
お礼を聞いた衣代香さんは、一瞬きょとんとした表情を浮かべたけれどすぐに笑みに切り替える。
「いえいえ。早川様が自分の幸せをみつけられたようで何よりです。幸せは足りなくて困ることはあっても、逆はありえませんからね」
「……」
──アニキがお礼を言って欲しいって伝えるわけだ。
進学か就職かは未定だけれど、1人暮らしをする部屋を探す時にはこの人が担当になって欲しい。
心の底からそう思えるのだった……。
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